掌編小説集

六原

えもいはず

「青春なんてもんは虚像にすぎないわけですよ」


 友人は持っていた缶コーヒーを飲み干し、そう呟く。ただいまは午前一時。大学近くの公園で、私は同学部の友人と一緒にベンチに座っていた。


「どうしたんだ、藪から棒に?」

 私は問いかけた。


「だってそうでしょうよ。我々の元には来なかったわけじゃないですか、青春」


「おいおい、勝手に決めつけるでもらえるか?」


「どうせ来てないですよ。聞かなくたってわかることじゃないですか。だってあなた、僕と同じ人種でしょ?」


 確かに彼の言う通り、いまだに彼女いない歴=年齢なのだが、決めつけないでほしい。こちらにもそれなりに矜持というものはあるのだから。いや無いな、矜持。


 彼はニヤニヤしながらこちらを見ている。少し嫌味でも言っておくか。


「それにしても意外だな。君のような人間は青春という単語すら眼中にないと思っていた。案外ロマンチストな部分もあるんだな」


「そんなんじゃないですよ……私は少し腹が立っているのです。青春ってやつに」


「ほう」私は呻った。


「青春の姿、青春像が固定されちゃってるんですよ! あなただってそう思うでしょう? インスタを見れば、我らこそが青春の体現者だ!と言わんばかりの写真たちが転がってるじゃないですか。どう思います?ボクはそんなのは本当の青春じゃない、フェイクだと思うわけですよ。本来青春というものはもっとこう……自由であるべきなんです!!」


 缶コーヒーの空き缶を握りしめながら、そう演説する。もう彼の独壇場だよ……ここには二人しかいないのに。



「少しいいかい? どうして君はそう、青春像を否定するんだい?なにか理由でもあるのかい?」私は尋ねた。


「あなたみたいな人はそうやってすぐに理由を求めようとする……いいですか、こんなもんに理由なんてないんですよ!」彼はまたベンチから立ち上がる。


「こう、なんでも感情に理由があると思っちゃうところが、あなたに青春が来ない理由ですよ。だいたい……」


「わかったわかったよ。すまない。今のは私が全面的に悪かったよ」


「わかったならよろしい」

 彼はドヤ顔でこちらを見ながらそう言った。


「そういえば、どうするんです?青春なんて無縁なものの話をしているうちにもう終電は行っちゃいましたよ」


 左腕につけた腕時計に目をやりながら「お前が言うのか」と呟いた。近くの駅の終電は0時台なので、話始める前から終電は行ってしまっていたのだけど。


「えへへ。それじゃあ歩いて帰りますか」


「そうだな」


「二人きりの夜の街、おさんぽデートだね♡」


「なに阿呆なこと言ってるんだ。ほら、はやく帰るぞ」


 私たちはベンチから立ち上がり、深夜の公園を後にする。



 歩き始めて少し経った後、彼は言った。


「ところで今の僕ら、あの映画みたいじゃないです?あの死体見つけに行く少年たちの有名な映画」


「そうかもしれないな」

 


 私はこれまで青春を謳歌してきたわけじゃない。これからの私もきっとそうなんだ

と思う。しかし、友人と二人で深夜の公園でくだらない話をし、夜の街を共に闊歩する。こんな時間も悪くないなと思った。



 車通りの少なくなった大通りを南に進む。月の明かりと街路灯の明かりが照らす道を歩く。私と友人の真夜中はまだ始まったばかりなのである。

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