第11話 二人の絆(前編)
朝食を済ませ、片づけが終わると、
身だしなみを整えて、ディバックに荷物を詰め始める。
部活で使うタロットカードも忘れずに入れる。
そしてもう一箱、一回り小さいカードも入れる。
「なんだ?そんなものまだ持っているのか?」
その様子を見ていた麻耶が声をかける。
「はい、一応お守りですからね」雪信は答える。
その箱の中には雪信にとって大切な思い出が入っている。
「ふぅん・・・」麻耶は興味なさげに返す。
「それじゃあ行ってきます」そう言って玄関に向かう。
「ああ、行ってらっしゃい」麻耶はひらひらと手を振って見送る。
これが5年前に雪信がここに来てからほぼ変わらない朝だ。
(今日も何事もないといいけど・・・)
そう思いながら雪信は自転車を漕ぎだした。
****
「しかしうちの部って顧問いたんですね」
部活が始まって早々、
これは昨日、巧一朗たち1年生部員たちが、顧問のところへ初めて挨拶に行ったからだ。
「いるよー、当たり前じゃん!」亜由が答える。
顧問は白石という若い男性教師だった。
「なんというか、見た感じちょっと頼りない感じの先生でしたね」
「悪い先生じゃないんだけどね・・・
ただオカルト関係の知識が皆無ってことを除けば」
亜由曰く、去年新任した早々、それまでの顧問が定年になったところを、
半ば押し付けられる形で引き継いだという事だった。
「まぁでも私たちの事は理解してくれてるし、相談にも乗ってくれると思うよ」
「そうだといいですね・・・」
巧一朗たちがそんな雑談をしていると、雪信が部室にやってきた。
「こんにちは~」いつも通りのゆるい口調であいさつをする。
「やっほ!ユッキー!」亜由が真っ先に反応する。
「よう、遅かったな」巧一朗たちも続いて返事をした。
「今日はユッキー宛ての仕事が結構来てるからね!頑張ろう!」
亜由は元気よく言う。
「はい、よろしくお願いします」雪信は頭を下げる。
「それで・・・早速で申し訳ないのですが、依頼内容を確認してもいいですか?」
「うん、いいよ」亜由が答えて鞄の中から封筒を取り出す。
「うわ、結構多いですね・・・」
「失せモノ探しから相談事まで、まぁ全部今日中にやらなくてもいいけど」
「いえ、できる限り早く済ませましょう。僕たちの活動時間は少ないですし」
「それもそっか・・・さ、着替えて着替えて」と亜由は雪信を準備室に促した。
準備室にはクローゼットが一つ追加されている。
(・・・なんで部室に来るたびに僕用の衣装が増えてるんだろう)
実際は衣装どころではなく、ウィッグやメイク道具まで用意されている。
雪信はため息をつく。
この部屋にあるものは好きに使ってよいと言われている。
しかしだからと言ってここまでする必要があるのか?とも思う。
「ユッキー・・あ、やっぱり似合うわ」
準備室から出てきた雪信を見て、亜由が思わず言葉を漏らす。
「もう慣れましたが・・・あの衣装の数は・・・」
「水星堂さんからのありがたい寄贈品。」
「やっぱり・・・」雪信はげんなりとした表情で言った。
『水星堂』とは麻耶の占い師としての屋号である。
おそらくこんな状況を想像して、師匠は今頃ほくそ笑んでるに違いない・・・
雪信はそう思った。
「それじゃ、今日の活動を始めますか」
そう言って亜由はホワイトボードの前に立った。
「ええと、俺たちは・・・」と巧一朗がボードをのぞき込む。
「三丁目の大原さんちの謎の怪音についてだね」と亜由が返す。
「・・・ええと・・・また俺がそこに一番に入って・・・ですか?」
巧一朗の顔が青ざめ始める。
「まぁそうなるな。」
「コーイチ君がいないと霊が発見できないしね。」
「ちょっと待って・・・お、俺まだ心の準備が・・・」
「さあ行くぞ」
「じゃあ行ってくるからあとよろしくね~」
樹斗に引きずられる形で巧一朗が外に出ると亜由がそれについて行った。
部室には雪信と美羽が残される。「コーイチ・・・大変そう。」
美羽が呟くように言いながらお茶を入れる。
「さて、僕たちはやれることをやらないと。」「・・・うん」
基本この二人は表立った霊的な相談の解決には参加しない。
雪信は部屋で占いをするのがメインで、美羽は部室のPCに情報をまとめるのが主な作業だからだ。
(これは美羽の体質がある意味巧一朗以上にやっかいなためだが)
雪信は粛々と机にカードを並べ始める。
(今日は探し物3件と相談が2件か・・・)
雪信は占いに使うカードを手に取り慣れた手つきでシャッフルを始めた。
「・・・ん?どうしたんだい?」
ふと視線を感じ顔を上げる。見ると美羽がじっと見つめていた。
「ユッキー・・・綺麗」ぼそりと言う。
「な、何を言い出すんだ君は?!」
「ユッキ―・・・照れてる」
「そんなことはない!僕はいつも通りだよ!!」「・・・嘘」
「うぐぅ・・・」雪信は言葉に詰まる。
確かに占いのために女装をしているが、決して進んでというわけではない。
しかしそれを他人に見られるというのはやはり恥ずかしかったりする。
「ユッキー・・・可愛いよ」
「だー!!もういいだろうそれは!!!」
つい大きな声を出してしまった。
「・・・ごめんなさい。」美羽が申し訳なさそうに謝る。
「いや、僕こそごめん・・・」
雪信も慌てて頭を下げる。
「でも・・・ユッキーならきっと似合うと思う・・・」
「勘弁してくれないか・・・」
本人は渋々やっている事だが、周囲の評価は決して低いわけではない。むしろ高い方だった。
だか雪信にとってはそれは嬉しい事ではなく、ただひたすら恥ずかしく感じるだけだった。
部室と家以外で決して占いしてる姿を披露しないのもそのためだ。
「手紙だけで・・・占えるの?」美羽が質問する。
「うん、確かに対面でやるのが一番いいんだろうけど、名前と生年月日、
あと相談内容からでも、大体の事は見えてきたりするんだ。」
雪信はカードを並べながら言った。
美羽が興味を持ってくれたようだったので、雪信はちょっとした解説を始めた。
「例えばこのカードを見て欲しいんだけどね・・・」
雪信はカードの山札を手に取り一枚ずつめくっていく。
「これは『女帝』って言うんだよ。意味は・・・そうだなぁ、
『母性愛』『愛情』『豊穣・繁栄・幸運』とかかな。」
「ふむふむ・・・」美羽は興味深げに雪信の話を聞いている。
その時だった。
ガラガラと不意に部室のドアを開ける者がいた。
(まずい!)
今の姿を部外者に見られたくない!
雪信は慌てて身を隠そうとするが・・・
「部長はいるかい?・・・あれ君も部員だっけ?」
入ってきたのは顧問の白石だった。
目の前にいるのが女装した雪信という事には気付いていないらしい。
「部長は今・・・出かけてます。」慌てる雪信に代わって美羽が答える。
「そっか・・・じゃあしょうがないな。」
「あの・・・何か用ですか」美羽が尋ねる。
「実はちょっと困ったことになってね。」
「え・・・・?」
****
「ユッキーの占いにクレームがついた?!」
亜由は素頓狂な声で叫んだ。
「ああ。」
夕方になって帰ってきた樹斗に達にとんでもない報告がされていた。
「一体誰がそんな事を・・・ユッキーはちゃんと仕事はこなしているはずなのに・・・」
亜由は悔しそうに歯ぎしりをする。
「親御さんの話では、ここでの占いの結果を真に受けた生徒が家出したらしい。」
まだ部室にいた白石が話す。「なんでまた・・・」樹斗は首を傾げる。
「とにかくあちらさんはすごい剣幕だよ。こんな部即刻解散させろとかもう取り付く島がない。」
「うわー・・・それは面倒な事になっちゃいましたねぇ・・・」巧一朗は頭を抱える。
当の雪信は立ち尽くしている。樹斗も黙って考え込む。
「そこでその生徒にどんな占いをしたのか聞きに来たんだが・・・」
「・・・・・」白石の言葉に雪信は黙り込む。
「君、何か知ってるんじゃないか?」
「・・・もしかして1年E組の・・・
雪信が渋々といった感じで口を開いた。「そうだよ。」
「やっぱり・・・」雪信は頭を掻く。
「それなら僕が悪いです。」
「どういうことだ?」樹斗が聞く。雪信は他人に占いの内容を話すのは不本意なんですがと前置きし、
「内容は・・・恋愛や・・・自分の事などのこまごまとしたものでした。
・・・特にご両親が厳しいことを強く悩んでいたようです。」
雪信は申し訳なさそうな顔で言う。「それで何て答えたの?ユッキーは。」亜由が尋ねる。
「一度、自分の心のままに進んでみるのも、新しい道を開くきっかけになるかもしれない。
ご両親とは・・・難しいかもしれないけど、一度よく話し合ってみるのはどうか・・・と」
「あれ・・・なんかすごい普通。ラッキーアイテムとか教えなかったの?」
「雑誌の占いじゃないんだから・・・」
雪信が冷静にツッコむ。
「問題はどうしてそれが家出につながってしまったのかだな。」
「そうですね・・・」樹斗の言葉に雪信はうなずく。
その後もいろいろ話し合ったが、結論らしい結論が出ないまま7時を回ってしまった。
「・・・もう遅くなりすぎたな。あとの事は俺も少し考えるから、
今日のところはもうみんな帰った方がいい。」
白石がため息まじり言った。「あー、結局何も分からずじまいかぁ・・・」亜由は不満げな顔でぼやく。
「とりあえず今日は解散するか。」樹斗が言う。皆それに同意する。
「じゃあまた明日ね!」美羽が笑顔で手を振って帰っていく。
「そうだな。気をつけて帰れよ。」
こうしてこの日は一時解散となった。
***
家に帰っても雪信の気が晴れることはなかった。
こんな時に限って麻耶は何も言ってくれない。
(・・・いつもならしつこいぐらい絡んでくるのに・・・)
いっそ麻耶に相談してしまうことも考えたが、なぜか言い出すことができなかった。
「はぁ・・・」雪信は深い溜め息をつく。
「・・・未熟者が」
「え!?」突然の声に驚いて振り返ると麻耶がいた。いつの間にか背後にいたようだ。
「何があったかは知らないし聞かないが、
今からそんな事でどうするつもりだ?お前は私の弟子だろう。」
麻耶は腕組みしながら偉そうな口調で言う。その言葉はどこか優しかった。
雪信は少しだけ元気が出たような気がした。麻耶は続ける。
「・・・私の弟子ならば、私の言葉を思い出せ。最初に教えただろう?」
麻耶はそう言い残して去っていった。
雪信は麻耶の言葉を思い返していた。麻耶の教えてくれたことは沢山ある。
その中で一番印象に残っていることを雪信は口に出してみる。
「・・・『相談者が迷える時はその背中を何が何でも押せ』、『相談者を闇雲に失望させてはいけない』、もう一つは・・・」
3つ目の言葉。それは麻耶から教えてもらった中でも
一番大事なことだと思っていることだった。
「・・・・・。」雪信は無言で顔を上げた。
つづく
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