第6話 さまよう少女(前編)
「きゃー!あと一週間しかない!」
亜由が騒ぐのも無理はない。何せ部活存続条件である「5月までに部員5人確保」を
達成できてないまま、4月もあと1週間を残すのみだとなっているからだ。
「まあ落ち着こう、亜由。焦っても仕方ない。」
「そうですよ亜由先輩。らしくないですよ。」
部員たちで亜由をなだめるが、廃部がかかっていることもあり、亜由は治まらない。
「でもこのままじゃ……廃部になっちゃうじゃない!みんなだって困るでしょう!?」
「まぁそれは確かにそうだが……」
「大丈夫だよ亜由ちゃん。まだ時間はあるからさ。」
「そっすよ亜由先輩。そんなに心配しなくても……。」
「もういいわ!私は私で何とかする!」
亜由は一人で部室から出て行ってしまった。
「どうしようか?」
「多分今は何を言っても収まらないから、放っておこう。」
部長である
「亜由先輩も一生懸命なんですけどね。」
雪信が失せモノ探し依頼のメモを整理しながら言う。
「でもまあ何とかしないといけないのは事実だ・・・」
樹斗も色々と考える。「そうですね。」
「ところでお前たちは何か案があるのか?この状況を打破できるような案は。」
「いえ、今のところは特に何もありません。」
「・・・・・。」
「今日は馬鹿におとなしいなコーイチ?」
ちょっと上の空になっていた巧一朗は突然呼ばれて慌てて樹斗の方を見る。
「え、ああ。ちょっと考え事をしてまして・・・。」
巧一朗は巧一朗でまた別の悩みを抱えていた。
亜由たちに誘われてこの部に入ったものの、自分以外の部員は皆、すごい能力を秘めている。
そこに行くと自分は「見える」こと以外何もできない。
こんな自分がこの部でやっていけるだろうか。
亜由は「気にすることは無い」と言ってくれるだろうが、どうしても気になるのだ。
そんなわけで、巧一朗はここ何日か自分の能力について悩んでいた。
「何かお悩みがあるなら、占って進ぜようか?コーイチ君?」
雪信がニヤリと笑いながら、冗談めかして言う。
彼は先日の失せモノ探し占いで成果を上げたせいで余裕ができたのか、
こんな冗談も言えるようになってきている。
「いや別にそういう訳では……。」
「遠慮しなくていいよ。ちょうど今日の分終わって、ちょっとくらい時間はあるから。」
(気持ちはうれしいが、その格好に俺はまだ慣れないんだよ・・・)
雪信は女装したままだった。
この姿でないと、占いが上手く行かないというから仕方ないのだが、
男とは分かっていてもやはりドキリとしてしまう。
だが雪信は真剣な顔をしていた。
これは本当に占ってくれようとしているのかもしれない。
「そうだな、コーイチ、占ってもらえ。」以外にも樹斗の口からこんな言葉が出た。
「え、部長まで・・・」
「とりあえず、自分立場について悩んでいるならそれを占ってもらうといい。」
(え?まさか見透かされてる?!)樹斗は巧一朗を見て笑みを浮かべている。
「ほらコーイチ君。座った座った。」
雪信が巧一朗を椅子に誘導する。
「じゃあ始めるよ。」
「よろしくお願いします・・・」
雪信はカードを並べ始める。そしてゆっくりと一枚ずつ捲っていく。
その様子を巧一朗はじっと見つめていた。
カードには絵が描かれている。
巧一朗にはカードの意味などちんぷんかんぷんだが、それでも意味ありげに見える。
雪信の表情は変わらない。
しばらく沈黙が続いた後、ようやく雪信が口を開いた。
「コーイチ君、君のこれからの行動がこの部の行く末を左右するかもしれない・・・」
巧一朗はゴクリと唾を飲み込む。
緊張の一瞬だ。
雪信は続けて言った。
巧一朗の今後の行動次第でオカルト研究部は廃部の危機に陥る可能性があるという。
「い、一体どういうことだよ・・・」「はっきりとは分からない・・・ただ」
雪信は間をおいて言った。
「ここから北北西を行ったところに・・・君の運命を決定づける存在がある」
「俺の・・・運命?!」
「おそらく君がいかない事には何も始まらないと思う。」
「・・・・・・なん・・・だって?!」
「あとは君次第だよ。」
「わかった!、俺がそこへ行けばいいんだな!」
「うん。」
「よし!そうと決まれば早速行こう!!」
「頑張ってねー」
「ありがとうございました!!!」
巧一朗は勢いよく部室を出て行った。
「・・・ふぅ。」
巧一朗が出て行って雪信はため息を吐いた。
「ユッキー!」今度は樹斗が呼びかける
「は、はい!」「・・・上手く言いくるめたな」「・・・ばれてましたか。」
雪信はバツの悪そうな顔をする。
「コーイチぐらい単純でなかったら、ああはならなかったぞ。」
「あまりにも揺らぎが大きすぎて・・・ああいうしかありませんでした。」
樹斗は少し呆れた様子だった。「それも師匠からの教えか?」
「はい。『迷える者の背中は何が何でも押せ』と。」
「まったく・・・しかし向かわせて大丈夫なのか?」
巧一朗は、あの場所へ行かせてはいけない気がする。
そもそもあんなところに行って何になるのだろう。
だが、雪信の占いはよく当たるのだ。
雪信は静かに答える。
「これは占いでなく予測ですが、多分部長のところに連絡してくるのではと。」
「私のところに?何故・・・」
樹斗にはいまいちピンとこなかった。
****
巧一朗は雪信に言われた通りに進んでいた。
(ああは言われたものの、そこへ行ってどうなるんだ?)
その方向は山の方角だ。
道は険しい。
(くそっ、なんて坂なんだ・・・)
普段運動しない巧一朗にとって、この坂道はキツイものだった。
それでも何とか進んでゆく。
しばらくすると拓けた場所に出た。
そこは大きな公園のような場所で人の気配はない・・・・が、
(!!?)
巧一朗の全身が総毛立った。
そこには見たこともないような恐ろしい化け物が居た。
それは人型をしているが明らかに人間ではない。
しかもそれは一つや二つではない。沢山居る。
「・・・・・」恐怖のあまり声が出せない。
足もすくんで動く事ができない・・・。
(な、なんなんだよこれ・・・!!!)
全身に脂汗が流れる。逃げたい。今すぐ逃げ出したい。でも体が動かない。
(ど・・・どうしたらいいんだよ?!)
いつもの巧一朗ならこんな場所には絶対に近寄らない。
凄まじい瘴気が渦巻いている。
恐怖しかない巧一朗だったが、ある事に気が付いた。
その瘴気の中心に誰かがいる。
(お、女の子・・・?!)
こんな状態で生きた人間があの中に入れるのかと目を疑った・・・。
しかし、よく見ると彼女が瘴気の中心にいるのではない、
フラフラと歩く彼女を中心として、瘴気が渦巻いていた。
少女の顔はよく見えないが普通の状態でないのは確かだ。
そんな彼女に魅入られたように周りを大量の異形達が取り囲んでいる。
(な・・・なんなんだ?!あの子も幽霊なのか?!)
「う、動けよ俺の体!!」巧一朗は必死になって自分の体を奮い立たせる。
彼女は巧一朗の存在に気付いたようだ。
「・・・」何か呟いたようだが巧一朗には聞こえなかった。
そして彼女の体はゆっくりと巧一朗へと近づいてくる。
その姿はさながら幽鬼のようであったが・・・
(足元に影がある・・・生きた人間だ・・・)
巧一朗は直感的にそう思った。
その様子を見て
「これは・・・逃げたり無視したりできないじゃないかあ・・・」
と巧一朗は力なくつぶやいた。半ばやけくそだったのかもしれない。
巧一朗は覚悟を決めて、その場に立ち尽くした。
実際は怖くて仕方ないが、そうも言ってられない。
目の前の少女は、巧一朗をじっと見つめている。
巧一朗も少女を見据えるが、視線が合わない。焦点があっていない感じだ。
巧一朗は、勇気を振り絞って話しかけるが返事がない。
(どうしたらいい・・・?)
その時ふと頭に浮かんだのは樹斗の事だった。
(そうだ!モトちゃん先輩なら何とかできるかも・・・)
巧一朗はスマホを取り出し、電話をかける。
「もしもし、コーイチか?」すぐに樹斗が出た。
「ああ、モトちゃん先輩・・・実は大変な事が起きて・・・」
巧一朗は今の状況を説明する。
「・・・分かった。すぐ向かう」
樹斗は少し間を置いて答えた。
(さて、モトちゃん先輩との連絡は取ったし、俺はどうするか・・・)
自分には樹斗のような力はない。巧一朗は今の自分にできることを考える。
「時間稼ぎしかないか・・・」
巧一朗は意を決して瘴気あふれる彼女の下へ近づいた。
そして彼女の手を掴む。
(昔何かで聞いたことがある・・・生きた人間でも向こうにとらわれ過ぎると、
生きたままあっちの世界へと連れ去られることがあるって・・・)
巧一朗は掴んだ手を引っ張り、こちら側に引き戻そうとする。
「こ、来い!」巧一朗は必死に引っ張るがびくともしない。
(ダメだ!このままじゃ俺まで連れていかれる!!)
その瞬間、巧一朗の頭に一つの考えが浮かぶ
「こうなったら一か八かやってやるぜ!!」
巧一朗は少女の手を掴んだまま走り出した。全力疾走してその場を離れる。
(頼む!うまく行ってくれ!)
少女はまるで人形のように無表情のまま、巧一朗に引っ張られた。
「はぁっ・・・はあっ・・・」
息を切らせながらも走る。とにかく逃げる。
「もうちょっとだ・・・間に合ってくれ!」
巧一朗は出来るだけその場から離れようとした。しかし、巧一朗の足が止まる。
「な、なんでだよ・・・」
巧一朗の目線の先には、大量の異形達がいた。巧一朗を追って来たのだ。
「ちっくしょう・・・こんな時に」
巧一朗は歯ぎしりする。
(くそ・・・俺にはやっぱり無理なのか?!)
諦めかけたその時、後ろから声が聞こえる。
「コーイチ!無事か?!」
振り返るとそこには樹斗の姿があった。
つづく
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