第7話 さまよう少女(後編)

「モトちゃん先輩!!」

巧一朗は安堵する。樹斗もとが来たことで希望が生まれた。

だが、その光景を見た樹斗の顔色は変わった。

「・・・コーイチ、なんだこのすさまじい気配は?!」

「え?!モトちゃん先輩、分かるんですか?」

「あ、ああ・・・お前が連れている奴のせいだろう」

「え!?」

巧一朗は思わず振り向いた。

「・・・」

先程の少女は無言で巧一朗を見つめていた。

(そうか!これは・・・何も感じないはずのモトちゃん先輩でも

気配を感じられるぐらい強力な奴なんだ・・・!)

「モトちゃん先輩、とにかく何かお経を!!」

巧一朗の額からは汗が噴き出す。

「コーイチ、私の後ろにいろ!」

「モトちゃん先輩!?」


巧一朗が後ろに回ると、樹斗は静かに手を合わせる。その手には数珠が握られている。

「臨兵闘者皆陳烈在前・・・」

樹斗がお経を唱えると、異形達は苦しむようにうめき始めた。

「コーイチ、今どうなっている?!」

何も感じられない樹斗は巧一朗に聞く。

巧一朗があたり見ると瘴気が徐々に治まり、不気味な影も次第に消えていくのがわかる。

「大丈夫です・・・徐々に弱まっています!」と樹斗に伝える。

「ふう・・・危なかった」巧一朗は冷や汗まみれで崩れ落ちる。

「コーイチ、大丈夫だったのか?」

「はい、何とか」

「この前、お前の事は亜由から聞いた・・・

お前には見えているんだろう?一体何が起きているんだ?」

「実は・・・」

巧一朗は事情を説明した。

「ふーむ、よくわからんが大変なことになっていたんだな。」

相変わらずに見えず感じずの樹斗だったが事態の大変さは理解してくれたようだ。

「モトちゃん先輩、どうすればいいですかね・・・」

少女は気絶したようでその場で眠っている。

「これは・・・私の父に預けた方がいいかもしれない・・・」

(そうか、モトちゃん先輩の家はお寺さんだったっけ)

そんな事を巧一朗は思い出していた、。樹斗は少女を背負って歩き始める。

巧一朗はその後をついて行く。

「すいません、結局先輩に頼ることになって・・・」巧一朗はちょっと悔しそうに言った。

「・・・いや、よく手を離さないでいてくれた。」「え?!」

「あの時、お前が手を放していたらこの子は連れて行かれるところだった」

「あ、ありがとうございます」

巧一朗はちょっとだけ顔を赤くする。

「おっと、礼を言うのはまだ早いぞ」

「へ?どういう事ですか?」

「さっきの話だと、まだ解決していないんだ」

「あ・・・」

しばらく歩くと大きな門が見えてきた。

その奥に見える建物は和風の大きな屋敷である。

樹斗はその門の前まで来ると、インターホンを押して言った。

「ただいま」

「おかえりなさいませ、樹斗様」中から着物姿の女性が現れた。

「父さんはいる?」

「はい、中におります」

「分かった。用があると伝えてほしい。

それと、客人を一人連れて来た」「承知しました」

女性は丁寧に頭を下げる。

「それじゃあ、行こうかコーイチ」

「はいっ!」

巧一朗は緊張気味だ。

「心配するな。私の父は厳しい人じゃない」

「は、はぁ」

中に入ると長い廊下があり、居間へと通された。

「ようこそおいでくださいました」

樹斗の父親らしき人物が正座をして待っていた。

「はじめまして。零蓬寺の住職をしております。零蓬寺春海れいほうじしゅんかいと申します」

巧一朗が想像していたよりも小柄で優しそうな人物だった。

「は、初めまして!一ノ瀬巧一朗といいます!」

巧一朗は慌てて自己紹介をする。

「私はコーイチと呼んでいますけどね」樹斗は微笑みながら言う。

「ふむ、君は霊感が強いようだ」

「はい、霊感というか見えるだけというか・・・

モトちゃん先輩みたいな力はないんですが」

「霊が見えるだけでも珍しいと思うよ」

「は、はい」

ちょっと卑屈になっていた自分を巧一朗は恥じる。

「それで、今日は何の相談だい?」

巧一朗たちは少女の顛末を話す。


「なるほど、それは興味深い話だな」

「だからこれは、父さんに任せようと思った」と樹斗はいう。

「うーん・・・確かにうちで預かるのが一番安全だろうが・・・」

「何か問題でもありますか?」巧一朗が聞く。

「この子は・・・体質的にこういったものに取り憑かれやすいようだ。」

「そんな体質なんてあるんですか?!」

巧一朗は驚く。

「ああ。霊的なものを引き寄せやすい人間というのは少なからず存在するんだ」

「そ、そうなんですね」巧一朗は少し青ざめる。

(考えてみれば俺もその素養があるようだしな・・・)

と巧一朗は自分のことを思い返した。

「おそらく自分自身も、周囲の人間もそれに気が付くことなく、何年も過ごしてしまったのだろう。

その結果、悪いものが蓄積されて、あわや向こう側に行くところだった・・・」

「なるほど」樹斗が納得したように答える。

「向こう側にってしまうと・・・どうなるんです?」

巧一朗が疑問を口にすると樹斗の父は答える。

「知らんよ。」「え?!」

「・・・何せ戻ってきた人がいないからな。」


「怖いですね・・・」巧一朗が思わず声を出す。

「まあ、そういうことだ。だから君が手を離さなかったことは大きなことだったんだよ」

「はい」巧一朗は背筋を伸ばす。

「さて、この子の事だが、うちにしばらく置いた方がいいだろうな」「そうだな」

樹斗が同意する。巧一朗は不安げに尋ねる。

「あの、迷惑とかではないですか?」

「いいや、迷惑ではないが・・・」

「何かあるんですか?」

「この子、どこの子?」

「・・・・・・・・あ。」


2人は思い出す。

「そういえば聞いてないな」樹斗が頭を掻く。

「俺が見つけたときには既にあんな状態でしたしね・・・。」

巧一朗も困ったようにつぶやく。


結局目を覚まさないと話にならないという事で、

巧一朗は先に帰ることになった。

「じゃあ、よろしくお願いします。」

「ああ、また明日な。」

巧一朗は零蓬寺を後にした。


数日後。

「ぎゃー!もう3日しかない!!」

亜由がまた部室で叫んでいた。新入部員の確保はまだ出来ていない。

「亜由先輩、落ち着いてください。」巧一朗がなだめる。

「これが落ち着いていられるかぁ~!!」取り付く島もない。

「・・・まったく何の騒ぎだ。」と遅れて樹斗が部室に入ってきた。

「モトちゃん先輩!!亜由先輩を落ち着かせてください!!!」と巧一朗が叫ぶ。

「亜由、うるさいぞ。」樹斗は亜由を一喝するが亜由は止まらない。

「だってぇ・・・このままだと廃部になっちゃうんですよぉ・・・」

亜由の目には涙さえ浮かんでいた。

樹斗は「亜由、大丈夫だ」と亜由の頭をなでると「おい、入ってきていいぞ」と誰かを呼ぶ。

「は・・い・・」と蚊の鳴くような声がして一人の女生徒が入ってきた。


つづく

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