第六話 オクト部隊
宛行われた研究棟に正式な格好で入ると、そこは異世界だった。
遠慮の鱗片もない機械最優先という場所で、正義の軍隊の研究室というよりは前世紀の工場の暗いラボと言ったほうがあっている。
蛇の大群のように捻じれて拗れて絡みつくチューブやパイプが天井を這っていた。
照明も閑散としていて、なにかのエネルギー源がごうん、ごうん、と音を立てるばかりで不気味に思う気持ちが嫌でも芽生える。
金属と樹脂製の重そうな扉が人をヴィテナを検知すると、心地の良い空気音と共に左右に開いた。
景気づけに目一杯息を吸って、
「失礼します!」
と声高に言った。
研究棟本部は開けた場所だった。
機密保持のため宿舎や通常格納庫からは少し歩くが、概ね悪くはない印象の。
「よお。あんたが〈アルマロス〉殺しか?」
不意に上から声がかかった。陽気な男の声。
見上げると、吹き抜けの二階部分からタラップで降りてくる赤毛の男の姿があった。
「…たぶん、そうだけど」
ここにも広がっていたか、とヴィテナは嘆息する。
そして紺色の制服に金の特殊航空科中尉の徽章があるのを発見した。同時に、金の首輪も。
「俺ぁヒナサ。ヒナサ・メイコウ。お前も中尉だろ?集められてんのは中佐除いて今んとこ全員尉官だぜ」
うはは、と笑った。
頼れる兄貴分と下衆野郎を足して割らなかったような人物だ。目にしてこなかったタイプの軽い印象。
「で、どうやって堕としたんだ?」
「ヴィテンナ・アルシュカ中尉だ。一応、伏せておいた
ヒュウ!、と口笛を吹いた。
本心なのか誂っているのか測れない不思議な奴だった。
得体の知れない気概から、ヴィテナは自然と目を酷薄にして冷ややかに見た。
なんというか、チャラい。
軍人として最低限守るべきことを守っていると言った感じだ。どうにも仲良くなれる未来が想像できない。
「あんたが最後だ。色々紹介するよ、ちっこい部隊だけど仲良くやろうぜ」
格納庫の様相は至って普通だった。
中央の手術台のような天使を調整する機械には、4体の天使が人形か、はたまた死人のように置かれている。
整備用に機械の腸をさらけ出している時点では死体に近いのかも知れない。人よりも人に近い癖に、決して命が宿らない歪な代物。
施術台の脇で何か飲んでいた整備士が彼女に向かって片手を上げた。ヴィテナは取り敢えず返しておいた。
専用ラックに安置された無数の
7番型から一つステージが変わるだけでこうも変化するのか。
ヴィテナは金色の瞳を強張らせた。繰り熟すのは時間がかかるかも知れない。
「はいぜーいん傾注ぅ、こちらのヴィテンナ・アルシュカ中尉が例の〈アルマロス〉殺しでーす!」
とんでもないお気楽さに思わずため息が出た。
なにもそんなに燥がなくても良いのに、とマイペースなヴィテナは思う。
下手したら砲声よりも良く通る声で研究棟全域に言うものだから、活気づいた全員がわらわらと集まってきた。
何の感情も読み取れない、寝ぼけたライネも見えた。まだ寝足りないのか寝穢い。
「全員来たし自己紹介しとくかね、俺ぁヒナサでいいよ。こっちのヨウシュが俺付きの整備士」
赤毛の元気なヒナサが胸を張って言った。
つくづく声のでかくて快活な性格がよく伝わる。
「ヨウシュ・チノセです。整備士やってます。こっちのヒナサとは長い付き合いで……その、とにかくよろしく…」
正反対のような内気な、まだ少年のような幼い人物が答えた。
松の葉色の髪と鈍色の瞳が不安げに揺らぐ。
「じゃ次はうちねー。アゥスト・イヘルトでーす、気軽にアーちゃんかなんかで良いよー」
これまたヒナサと違った明るいタイプの女性が気怠げに、飾られた爪を弄りながら声を上げた。恐らくは先程挨拶代わりに軽く手をあげてくれた人。
良く手入れされた髪に、ルビーか何かのような紅い眼を持つ物憂げな表情の美貌だけは彫刻のようだった。
軍服には規定に反しないぎりぎりのデコレーションが散りばめられ、
ヴィテナはこの類の人を知っている―――ぎゃる、だったか。
どちらにせよ、接し方がわかりにくい。なんだ、厄介な人種が集まる部隊なのか。
「それじゃあ次は俺かな、アゥストの整備士のラノイだ。よろしく」
その隣にいたいかにも固そうな男が答えて、ヴィテナは面食らった。
軍人気質で規律第一に見えたこのラノイという男は、隣で思いっきり欠伸をかましたアゥストを許せない部類かと勘違いしていた。
なんとも異質なコンビだなぁ、と他人事のようにヴィテナは思う。他の面々も薄々感じていたらしい反応を見せた。
さて、この流れで言うと今度はヴィテナの番だ。
「ヴィテンナ・アルシュカだ。言いにくいだろうからヴィテナで良い。あと〈アルマロス〉殺しとか、そういう変なあだ名は辞めてほしい」
どこか髪に視線が集まるのを感じた。
雪色の頭髪と名前の響きが珍しいのは自覚しているが、そうじろじろ見るのは如何なものか。
それでも、弟と同じこの色を失うわけにはいかない。誇りを支柱にそれらを流した。
と、隣に立っていた奴の挙動がおかしい。
親善を深める初対面においてこいつはまた寝ぼけてやがる。機付きの連帯する立場というものを弁えていないらしい。
お前の番だ、と足を思い切り踏むと小さな奇声をあげて飛び起きた。
「いっ!…えっと、ライネです。ラインカイネ・シュールです。ヴィテナの整備士です。ライネでいいです。好きなタイプは――いぐぇ!」
再び踏んづけてやった。抗議しようとして向けてきた眼は凄んで追い払った。
普段の半分くらいの面積の眼でごめんて、の意を伝えてきたが無視した。そもそも寝るのが悪い。
「さってと、改めて出揃ったかな」
ヒナサは一つ手を叩いて場を締めた。
ヴィテナは見回した。やっぱり自分も含めて一曲も二曲もあるメンバーだな、と俯瞰して思う。
ふと人数を数えて気づいた。
「一人、少なくないか?」
「あーっと、もう一人の予備機の整備士は急用できて参謀本部の方すっ飛んでっちゃったらしいわ」
ヒナサが半信半疑の様子で答えた。
なんとそんなこともあるのか。ヒナサも同じ考えに至ったらしい。
「社交辞令が終わったんなら」、とヨウシュは早速その場を抜け出して天使の方へ駆けていってしまった。
残りの面々でアリア中佐が来るまで談笑でもしようと、親睦を深めるぐだぐだな会議が始まった。
立っているのも何なので、皆めいめい自分が楽と感じる席に座る。
因みにヴィテナはそこら辺にあったパイプ椅子を掴んできて、ライネは計器の上にどかっと座り込んだ。
早速、鋼色の髪を短く刈り上げたラノイが切り出した。
「そういえばアルシュカ中尉はどこの生まれだ?あまり馴染みのない名前だと思ったのだが」
「ああそれ、北部の方でも少数の名前らしい。父が故郷から取ったとか」
「んじゃ頭髪と目の色もか?」
「多分そう。魔女の恩恵を受けられない土地で、開拓が遅れてたから、極少数で」
道理で、とライネ以外は合点がいったようである。
とは言っても父は普遍的な髪色で、会ったこともない祖母とやらが同じ色らしい、というのを知っているだけだ。
「そういえばよ、新部隊といえばあれじゃねえの。力比べとか、腕相撲とか」
「特殊航空科に要るかなー、そんなの」
「映画の見過ぎだろう」
ふん、と息巻いた。
このヒナサという男はどこか幼くて不安定な部分が際立つ。
「んじゃ映画でもいいからよ、殴り合おうぜ〈アルマロス〉殺し」
本人は有り溢れた安い挑発の一つであったかも知れない。
けれども先に言った注意喚起を物ともせず、彼女にしてみれば唐突についた不名誉な異名を口に出されたことで、何かが吹っ切れた。
この誘いに乗るのも楽しそうだ。
すっかり憤慨に塗り替えられて体裁だとかを忘れた彼女は立ち上がった。
第一、背中を預けるに足りる実力があるか試しておきたかった。そう言い聞かせる。
負けず嫌いな彼女は腕っ節には自信があるあr。
「いいよのってやる。怪我しても知らないからな」
「っしゃあ!半日糞うるせえヘリん中に閉じ込められてたんだ、憂さ晴らしだ!」
“ANGEL ENGAGE” イトセ @Itose5963
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