第五話 漏れ出る圧

 到着した第901前方戦略基地 F O B は、どことなく寂しげで、前の基地のような活気が感じられなかった。


「新築なんですよ。今は貴方方第1080試験部隊と、陸軍の予備司令部、後は無人機甲部隊とそれに付く整備士が主です。どうです?がらんとしてるもんだから過ごしやすいですよ。特に昼飯時は静かで…」


 と、送り届けてくれた盛年の大尉は目を細めて言った。

 正にその通りではあるが、視界に映る灰色の建物以外の動くものといえば走り回る清掃知性位しかいなかった。


 やりづらさと寂寥を感じているのはライネも同じようだった。もっとも半分寝ているようで、安っぽいシネマのゾンビみたいな動きをしていたが。


 とはいえ驚いた。

 新発足の部隊に新たな基地が割り振られるなんて、どれほど重要な部隊なんだろうか。丁重な待遇にいっそ怖さを感じる。


 と、どこへ行けば良いのか迷ってるうちに、声がかかった。


「あらおはよう。定刻通りね」


 横に倒した高層ビルのような基地内から出てきたのは、夕映えのような金色の髪の、背の高い女性だった。

 育ちが良さが際立つ態度で、長い髪を後ろで一つに纏めた姿は「お嬢様」と形容したくなるような美しさと高尚さ。首に巻かれた金のチョーカーから、操演士アクター関係の人物だと一目でわかった。


「お初にお目にかかります、ヴィテンナ・アルシュカ特殊航空中尉です」


「同じくラインカイネ・シュール航空技術中尉です」


 息の揃った完璧な敬礼と態度に感心したのか、頷いて中佐徽章を胸に飾る大人びた「お嬢様」は言った。


「歓迎するわ。私はこの第1080試験部隊の責任者を務めるアリア・シャルフリートよ。階級は中佐ね、よろしく」


 二人の顔に戦慄が走った。

 連盟民なら誰もが知っているであろう、〈シャルフリートシステムズ〉の社長姓が予想にないところから飛び出たのだ。

 無人機甲兵器の生産、開発においての最大手で幅広い事業を受け持つ、魔女の恩恵で育った巨大企業。なるほどやはり娘であるならば「お嬢様」は間違っていなかった。


 青ざめたライネは聞いた。いやこのまま泡を吹いて倒れてしまえば良い。


「し、失礼ですがあの『シャルフリート』?」


 黙り込んでしまったヴィテナと、今のですっかり目の冷めた慌てるライネを前に、しばらく首を傾げていたアリア中佐は、やっと合点がいったらしい。


「……あぁ、家柄のことなら気にしないで。寧ろ嫌いで軍に来たもの」


「…はっ」


「それとこの1080部隊――オクト部隊にいる間は、人事査定に大した影響は出ないから好きに活動してもらって構わないわ。責任は私が負うもの。あ、それとこれ、付けてね」


 肯き受け取る。特殊部隊徽章であった。

 「oct」、つまり八角形と天使の翼が描かれているのは件の8番型天使に準じた物だろう。参謀本部も粋なことをする。


「じゃあ案内するわ。詳細は聞いてる?」


 基地の本部内へ踵を返したアリアに二人は追従する。

 ライネの方は完全に覚醒したようで、新たな任地を観光気分で楽しんでいるようだった。確かに小粋な場所だ。


「いえ、現地にて開示されるまで全て機密扱いだったので、第5.0世代天使の実験としか」


「そうね。オクト部隊の目的は、次世代型天使駆動システムのテストベットよ。先日、同クラスの敵性第5.0世代天使が確認されたのを危惧してのことみたい。噂はかねがね聞いているわアルシュカ中尉」


「恐れ入ります」


 こんなところまで伝わっているのか。

 彼女は無意識に顔を固くした。あの時量子通信ミッションレコーダーによって大部分は分析されたものの、参謀本部のお偉方がやってきて直接の聴取に応じなければならなかった。同じ雰囲気ならやりにくくなる。


「規模は貴方達含めて神経適性のある操演士アクターが3人、整備士が4人、そこに私が加わって8人ね。小規模だけど、稼働可能な天使は予備機含めて4体だから結構な戦力ね」


 一機で通常航空機三個小隊分の戦力を誇る天使は少数運営が常で、万が一の予備機を備えるだけで済む。

 システムのテストベットに高価な天使計4機とは、かなりの太っ腹だった。


 木材や明るい間接照明が多用された基地内は、思いの外華美であった。

 余裕が在るからなのか、前方戦略基地 F O B とはいえ前線から離れているからか、それとも軍が世話になっている大企業の娘に報恩を欠かさないためか、結局の所はわからないが彼女らには居心地良かった。


 軍事基地というより洒落こんだ喫茶店のようなカフェテリアを抜けると、宿舎エリアだった。


「シュール中尉はここ、182号室ね。アルシュカ中尉は二階の831号室」


 渡されたこちらは無機質で飾り気のない金属の鍵だ。

 ちゃり、と小さく手に乗って音を立てると、ここに住むんだという実感が確かに湧いてきた。


「2時間後には隊員全員が到着予定だから、あっちの格納研究棟に集合よ。何か質問はある?」


「中佐のサイズは?」


 こいつ、やりやがった。


 平気な顔して、会って10分にも満たない大人の女性にそれを聞くか?普通。


 恐る恐る視線を上に向けると、微笑んでいるのに隠しきれない圧力と気品の欠片も感じられない殺意の塊。


「質問は無いようね」


 一瞬の後己の不覚を悟ったライネは縮こまってしまった。

 まだ寝ぼけてたのか、こいつ。


 そんなこともあって、こっちでの生活もまたこいつに振り回されて当分退屈しなさそうだ。

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