第八話 日々 2
真司についていき、有紀は警視庁本部庁舎の三階にある空室へと入った。
部屋の電気を真司がつけると、いくつかの机が並んでいるのと部屋の奥の巨大なスクリーンが目に入った。天井には映像を映し出すためのプロジェクターが設置されている。
「まあ、適当なとこに座って」
真司に促され、有紀は前方の方にある座席に座った。部屋の大きさや前のスクリーンは、有紀に大学の頃少人数の語学の講義が行われていた教室を想起させる。
真司の方は一番前の机に置いてあるノートパソコンを開き、いくつかのケーブルを繋いだ後に持って来たUSBをPCに挿した。スクリーンにはPCのデスクトップ画面がそのまま照射される。
「授業という話でしたけど……一体どういう」
「以前私は警察大学校で先生をしていた頃があってね、そん時生徒たちに教えていたことをかいつまんで那矢くんに教えようかと。よし、これだ」
言いながら真司が一つのPDFファイルをクリックする。
ファイルが開かれてスクリーンいっぱいに広がった。そこに書かれている文字は『日本警察における魔法少女の運用と管理』という文字。
「さて、それじゃあ授業を始めようか」
「まずは質問だけど、日本において警察とは一体何だろう」
何の前振りもなく真司が有紀に対して問う。急な質問ではあったが、有紀は特に焦る様子を見せない。
「立法府が定めた法を執行する国内機関の一つ、でしょうか」
「おお、すごい。何か法務官僚って感じの答えだね。いいんじゃない」
「含みのありそうな言い方ですね」
有紀は目の前の男がその言葉とは裏腹に自身の回答に満足していないことを感じとる。案の定真司の方は何か言いたげな様子だった。
「私は個人的にこう考えてる。警察は、日本において広範な法執行能力を有した国家の唯一の暴力装置である、と」
「暴力……装置」
「そう。法を執行するために警棒を持ち、銃を持ち、そして魔法少女を持つ。これを暴力の装置と言わずに何と言おう。私たち警察には、法を盾にこうした暴力を保有し行使することが許されているんだ」
有紀にも彼が言うことが理解は出来た。犯罪を犯せば法が執行され何らかの刑罰を受ける。その刑罰を強制する力は確かに暴力だ。
しかし、それをこのようにはっきりと口にする警察関係者がいることに、有紀は驚かされた。
「では、そんな警察において首都治安の維持を任されているここ警視庁がどんな組織なのか、ちょっと見ていこう」
真司が数回キーボードを叩いてページを進める。数ページ目のスライドに警視庁の組織図が記されていた。図では、『
警務部、地域部、公安部など、有紀には聴き慣れないものばかりだ。
「警視庁で一番偉いのが警視総監。その下に副総監がいる。彼らも私や那矢くんと同じで国家総合職に受かった警察官僚だ。んで、彼らの元に警視庁の九つの部署が存在する」
スライドが次のページへと移る。九つの部署それぞれが持つ課が表示された。どの部署もかなり複数の課を持っていることが見て取れる。
「上から簡単に説明してくと、総務部と警務部は一般企業で言う人事総務部みたいなもんだね。人事や給与計算、福利厚生なんかを担当してる。交通部は主にひき逃げとかの交通関係の犯罪を担当。白バイ隊なんかもここの所属だ。刑事部は花形で、所謂殺人事件なんかを担当する。刑事ドラマなんかで出てくる捜査一課は刑事部の所属だ。生活安全課は少年犯罪やサイバー犯罪とかを扱ってる」
淡々と、真司の説明は進んでいった。
上半分の部署の説明が終わり、今度は下半分の説明となる。
「地域部は110番通報の対応や東京の中の交番とかを統括する部署だ。公安部は国内の反政府組織や潜伏する海外スパイ・テロリストの検挙を担っている。私も異対2課に来る前はこの公安部に長くいたんだ」
目の前の男がスパイやテロリストに対応する部署にいたとは。有紀にはにわかに信じられなかった。とてもそういった『ハード』な部署に向いているようには見えない。
「じゃあ、臥永課長もスパイを捕まえたりとか……したんですか」
恐る恐る、有紀は聞いてみる。
真司はそれに対して軽く笑みを示した。
「どうだろう。その話はまた今度聞かせよう。説明に戻るよ」
そう誤魔化して、真司は説明へと戻った。内容が内容だけに、話せないことも多いのだろうと有紀は察する。
「組織犯罪対策部、通称
「小岳さんが、暴力団の捜査を……?」
真司がテロリストやスパイの捜査をしていたという事実以上に、これは驚きであった。あの沙月が暴力団の捜査とは。
「見えないよね。でも彼女、柔道やテコンドーに精通してて結構強いんだよ。ヤクザもあの見た目に油断して痛い目にあった奴が多いとか」
真司といい沙月といい、異対2課は意外な過去を持っている人間が多いのだろうか。むしろ、そういった特殊な経歴を持った人間を集めているような傾向も見える。
そして真司は組織図の一番下に書かれている部署の説明に入った。
「最後に我々異対2課が所属しているのが警備部だ。要人警護やサミット開催時の重要施設警備、異常存在対策などをここで行なっている。後はテロなどの重大事件に対応する特殊部隊・
初めてその風貌と過去の経歴が一致する人物が出てきた。
蓮二が特殊部隊出身というのは頷けるほどに有紀にも理解できる。彼もある意味で普通の警察官には見えず、そのような部隊にいる方が自然に見える。
「とまあ、こんな感じで警視庁には複数の部署があるわけ。で、我らが異常存在対策課は警備部所属。私たちの課が『2課』であることからも分かると思うけど、異常存在対策課は1・2・3課が存在するんだ」
警備部の所属課所一覧には、確かに三つの『異常存在対策課』が記載されていた。
しかし、有紀が事前に読んでいた異対課の概要によれば警視庁が保有する魔法少女は三体のみだったはず。三人の少女が2課所属ということは、他の課は
真司がスライドを次のページへと移動させた。今度は、各異対課の業務内容についてが記載されている。
「異対1課は主に国内外のコトナリ・魔法少女情報の収集や将来的なコトナリ対策の立案、他部署・他機関との調整なんかを行っている。言ってみれば警視庁異対課の頭脳部門ってとこ。異対2課は我々で、昨日那矢君も臨場して分かったと思うけど実働部隊だ。魔法少女たちを維持・管理し、実際にコトナリが発生した場合にはその対処にあたる」
つまり、自分たちは最前線なのだなと有紀は理解する。
実際にコトナリ事案が発生した際には現場に臨場、魔法少女の行動及び戦闘を監督する。『現場を見て知る』ことが今の有紀の出向の目的と考えると、確かに最適な課は2課である。
真司の説明はまだ続いていた。
「そして最後は異対3課。ここは魔法少女たちの身辺調査、つまり家族・親族なんかの動向のチェックや新たな魔法少女の発生について調査を行っている。言っちゃ悪いけど、『身内を監視するとこ』だね」
「魔法少女たちの、親族まで監視対象なんですか」
有紀が疑問を問いかける。
「魔法少女に関する事項は国家機密の内容が多いからね。その親族が何か変なことをしてないか監視するのも重要なわけ。ちなみに、魔法少女・コトナリ事案は機密性が高いから、異対課に来るのも同じく機密性の高い事案を取り扱う公安部や組織犯罪対策部出身の人間が多いんだ」
「やっぱり、魔法少女って秘密が多い存在なんですね」
ここまで聞いた感想のように、有紀が呟く。
魔法少女に関する詳細な情報は、日本を含め各国でほとんど開示はされていない。新しい魔法少女が確認された場合はニュース程度にはなるが、その場合でもせいぜいが年齢が公開される程度だ。
氏名や出身などは、まず明かされることはない。加えて、自国保有の魔法少女の数を正確に公開している国は少ない。ロシアや中国などは国家安全保障の観点から自国にどれだけの魔法少女がいるかを非公開としている。
「秘密が多いというより、『分からない』といった方が正しいね。なぜ10代の少女にのみ能力が発現するのか。発現する理由は何か」
真司は意図的に困ったような表情を作ってそう語る。
確かにその通りだ、と有紀も思う。現状、日本でもどうして魔法少女が生まれるのかは分かっていない。政府が行うことといえば、『能力の発現した少女がいる』という情報があった場合、そこに出向き少女を保護して政府監督下に置くということだけ。
保護というのも名ばかりで、実際には確保・収容と言った方が正しい。得体の知れない怪物を野放しにしないための策だ。
「それに、その意味ではコトナリのこともその出現以来ほとんど何も分かっていない。彼らが何者で、どこから来て、何が目的なのか。死体は毎回回収されて研究機関へ持ち込まれているけど、決定的な情報が出たというのは聞いたことがないな」
「敵のことも味方のことも、分からないことだらけですか」
「そう。だから手探りにやっていくしかない。私たちの仕事は、そういうものなんだ」
ただ、知らないままでいいという訳でもないのだろう。
魔法少女とはどのような存在なのか。コトナリとは一体何なのか。それを少しでも知っていけば、三夏とも今より上手くやっていくことができるのではないか。
そんな考えが、有紀の脳裏をよぎった。
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