第四話 臨場
真司より出動の命令を受け、三夏は異対2課の部屋を出て警視庁の二階へと急ぐ。
目指すは彼女の『仕事道具』が置かれている装備保管室だ。
階段を駆け下りて行き、人にぶつかりそうになるのをギリギリで避けつつ目的の部屋へと向かった。
二階に着くといくつかの部署を通り過ぎて、装備保管室を前にした三夏はノックもせずにドアを開ける。そして、カウンターのような机でファイルを片手に作業している担当員の男に言った。
「異対2課、津々木です。警備事案発生につき、C-553装備取出申請します」
それを聞くと、担当官の男はファイルを閉じて三夏のこと見る。
「お疲れ様です。津々木さんですね、C-553装備了解です」
三夏から告げられた装備識別番号を復唱し、担当員は奥の装備保管庫へと向かっていった。
装備保管室は警視庁総務部に所属するセクションであり、警視庁に属する組織が保有する特殊な装備の保管・管理を一手に担う部門だ。三夏を含む魔法少女たちの装備の他、公安部の使う機密装備や機動隊用の装備もここが管理を行っている。
担当官が戻ってくると、その手には細長いものが握られていた。
艶のある黒い鞘が天井の照明を反射して黒光りする。芸術品のようにも見えるそれは、紛れもなく日本刀であった。
「C-553です。帰庁時はすぐ返却してください。お気をつけて」
「ありがとうございます」
およそ警察の装備としては考え難いその日本刀を受け取り、鞘についた
装備保管室を出て、今度は出動車両が待機している地下駐車場へと向かって階段を駆け下りた。その間も三夏は考える。
あの新しい監督官、余計なことをしないといいけど。
昼食に誘ってきたあたりから不信感はあった。他所の機関から来たというので、まだ魔法少女がどういうものか分かっていないのだろう。
だったら、今日の戦闘で魔法少女がどういうものか見せてやる。いかに普通の人間とは違う存在かということを。そうすればあの監督官も二度と昼食に誘おうなどとは考えなくなるに違いない。
有紀は真司について行き、かけ足で地下駐車場へとたどり着く。
駐車場の中を少し歩くと、大型のバスのような車両が駐車されていた。青を基調とした車体色で二本の白いラインが入っている。有紀も以前、都内に海外要人が来日している時に街中で走っているのを見たことがある車両だ。
「結構大きいですね」
「何せ大型人員輸送車って名前だからね。ほら、那矢くん乗って乗って。三夏もすぐ来るよ」
真司が輸送車のドアを開けて車両に入った。有紀も彼の後に続いて乗り込む。車内には多くの機械とモニターが並んでおり、車体前方は座席が全くない。後方部分は普通のバスと同じく、前向きの座席が複数並んでいる。
「あの自分、正直異常存在のこととかまだ知識不足なところが多いんですが……来てしまってよかったんでしょうか」
ここまで言われるがまま来てしまった有紀は、恐る恐る真司に聞いてみる。
有紀が今日警視庁に登庁してやったことは自己紹介とPCのセットアップ、成果のなかった三夏との昼食だけだ。異対課が何をやっているのか、対異常存在における警察の役割に関してはまだ説明を受けていない。事前に受け取っていた資料を読んだだけであった。
その質問を聞いて、真司は振り向いて笑う。
「異対課のやってることなんて、実際に見ないと何も分からないからね。小岳くんが来たときもまずは一緒に臨場してもらったよ。初日から警備事案が発生するなんて、那矢くんは本当に運がいい」
そう言うと、真司は後方の座席の方へと歩いていく。一番後ろの座席まで行くと、そこで彼は腰を下ろした。
「ま、那矢くんも適当に座って。現場着くまではやることもないから」
「はあ……」
そのまま突っ立っている訳にもいかず、有紀も適当な座席に座った。座席の感触は普通のバスとほとんど変わらない。
窓には全て金網がはめ込まれており、外の様子はよく見えない。しかし有紀が隙間から外を見てみると、三夏がこちらに走ってくるのが見えた。
彼女は背中に何か背負っているようで、それが当たらないようにバスに乗り込む時は身を少し屈めた。何も言わずに車内後方へと向かってきて、彼女も適当な席に座る。
「それじゃ運転手さん、出してください」
真司が運転席に向かって言うと、輸送車がゆっくりと動き出した。
輸送車は警察車両特有のサイレンを鳴らしながら、東京の街を走っていく。
緊急車両扱いのため、赤信号も無視して現場である川崎市まで飛ばすことが可能だ。このけたたましいサイレンのおかげで、通常なら警視庁本部庁舎のある桜田門から川崎まで車で40分はかかるところを、約20分での到着を可能にする。
金網越しに流れる都内の風景から、有紀は視線を斜め後ろの座席に座る三夏へと移した。彼女は特に何を見るでもなく、ただ前を見つめている。
有紀が気になっているものは三夏が背中に背負っている細長いものだ。それを背負う彼女の姿は、忍者か何かを想起させた。
「それ、後ろに背負っているのって何?」
思い切って、有紀は聞いてみる。
三夏はその言葉を受けて、少しだけ視線を有紀の方へ移した。その表情はやや面倒そうである。
「日本刀です。戦闘に必要なので」
「戦闘……怖くないのか、その……戦うのって」
「貴方が気にしなくてもいいことです、那矢監督官。戦闘は私が行いますので」
彼女はまるでそう語ることをプログラムされたロボットのように言った。
全くやりづらい。口にはしないが、有紀は心の中だけでため息をつく。自分よりも八歳も年下の
東院大を出て官僚になったのに、やることが女子高生のお守りか。
思わずにはいられなかった。有紀は学歴を誇るタイプの人間では全くなかったが、今ばかりは最高学府を出たのにとつい考えてしまう。
「那矢監督官は、
突然、三夏の方から話しかけてきた。
ようやくコミュニケーションを取ることになったかと有紀は再び三夏の方を見る。
「いや、幸運にも直接遭遇したことはないな。ニュースとかでは何度も見たけど」
警察庁の公開している情報によれば、日本国内におけるコトナリの発生数は全国で年平均200件ほど。今や地震・津波などと並ぶ自然災害の一つに数えられるようになったコトナリではあるが、遭遇しない場合は全く遭遇しない。強盗や殺人、詐欺などに合わないで一生を終える人の方が多いのと同じだ。
有紀も幼少の頃から何度もコトナリをニュースや教科書で目にしてはいたが、その姿を自身の目で見たことはまだなかった。
有紀の回答を聞くと、三夏はその回答が返ってくるだろうと事前に分かっていたような表情をする。
「では今日、その目でよく見てください。コトナリがどういうものか。私が普段何と戦っているのかを」
「言われなくても、そのつもりだけど」
少しの苛立ちを込めて、有紀も返す。大人気ないとは分かっていたが、彼女の態度はどうも鼻についた。口調は丁寧なだけに、それが逆に皮肉っぽく聞こえる。
「それならいいです。ただ見ててください。それ以外は何もしなくて結構ですから。ですよね、臥永課長?」
三夏から唐突に声をかけられ、目を瞑っていた真司が慌てて三夏の方を向いた。
「えっ、ああうん。まあ初臨場だし、リラックスして見ててもらえればいいよ」
「だそうです、那矢管理官」
そう言って、三夏がパーカーのポケットから何かケースのようなものを取り出す。ケースの蓋を開けると、人差し指の先に透明なものを付着させて彼女は自分の右目へとそれを持っていく。
「あれ、裸眼じゃないのか」
二つ目の透明なもの、コンタクトを左目に付けようとする三夏を見て有紀は言った。普段の生活には問題ないが、戦闘に適したほどの視力ではないということか。
「これはコンタクトでは……あとで説明があると思います」
面倒なことは話したくないというように、三夏は会話を切る。
ああそうかい、とこれも有紀は自身の心の中だけでひとりごちた。ふと横を向くと、金網のはめられた窓の隙間からは、東京モノレールが見える。もう品川を超えたようだ。
輸送車はサイレンを鳴らしながら、東京を超えて神奈川県へと入っていく。
徐々にスピードを下げていき、輸送車が停車する。
「現着です」
運転手が告げた。その一言を聞くやいなや、一番後ろの座席で目を瞑っていた真司が電源の入ったロボットのように瞬時に目を開ける。
「よし、じゃあ行こうか。那矢くん、ついてきて。まずは神奈川県警に挨拶だ」
猫背の姿勢でポケットに手を突っ込んだ真司が輸送車の前方へと向かっていく。有紀も席を立って彼の後ろをついていこうとし、その前に一瞬振り返って三夏を見た。
彼女はまだ席を立つ気がないのか、座ったまま動かない。
一先ず彼女のことは気にせず、有紀は真司と共に輸送車を降りた。
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