第三話 辞令 3

 有紀の前に並ぶ三人の少女たち。

 彼女たちがこの国を代表する魔法少女たちだ。だが、一目見ただけではそれとは全く分からない。

「魔法少女に見えないな、って思ったでしょ」

 そんな有紀の心を見透かすように、真司が言った。

「ええ、まあ……資料は見ましたけど、実際に見るのは初めてで」

「皆そんなもんだよ。俺もそうだった」

 部屋にいる蓮二や沙月が静かに笑っている。

 少女たちに戸惑うこの感じは、ここに初めて来た者たちの通過儀礼なのだろうか。

「知っての通り、魔法少女には監督官が付くことになっている。例えば早音は石ノ巻くんが監督官、文乃は小岳くんが監督官だ」

 有紀は事前に読んでおいた資料を思い出す。

 警視庁が管理監督する魔法少女たちには、につき必ず一人の監督官が付く。

 監督官は普段の魔法少女の生活等を管理すると共に、その性格や行動について把握し『人類に対して危険な存在ではないか』を監視する役割も担っているのだ。

「俺の担当が口が悪くて済まない。まあ悪い子じゃないから、許してやってくれ」

 PC画面から顔を上げて蓮二が有紀に向かって言った。

「ウッセーよオッサン! 余計なこと言うな!」

 緋色の髪の魔法少女、早音が蓮二に対し悪態をつきながら蓮二の正面、ちょうど沙月の後ろの席に座る。

 三つ編みの文乃も、沙月に駆け寄って『遅れちゃってごめんなさい』と小声で謝罪すると、そのまま沙月の正面の席に座った。

 それを見て、真司はやれやれという顔をする。

「まあこんな感じで、魔法少女と監督官のツーマンセルでやってる。で、那矢君が今日から担当するのがこの子」

 有紀の目の前に残ったのは、例の無口なパーカー少女である三夏。

「那矢くんには三夏の監督官として頑張ってもらいたい。前の監督官が公安部に戻っちゃったんで、臨時の監督官を私がやってたんだけど……ようやく肩の荷が下りた」

 言って、真司は有紀の肩をポンと叩く。

「難しい子だけど、頑張ってね。期待してるから」

 そのまま彼は自席へと戻っていった。

 部屋の中で二人だけ、立っている三夏と有紀。

「那矢監督官。改めて、今後よろしくお願いします」

 三夏が再び頭を下げる。そして、有紀の正面にあたる席に向かって行き静かに着席した。

 まさに初日の洗礼といったところか。

 取り敢えず挨拶が終わったところで、有紀も自席に座りPCのセットアップ作業に戻ることとした。


 警視庁本部庁舎内に、昼休憩を告げるチャイムが鳴る。

 部屋にいた各々もそれぞれ部屋を出ていく。

「蓮二さん、飯行きます?」

「外行くか。あの新しい中華屋ちょっと試してみようぜ」

 歩人は蓮二と外食に行くようである。

 魔法少女の早音は文乃を連れ立って部屋を出て行った。沙月は事前に買っておいたのであろうコンビニ弁当を取り出して、机に出している。

 有紀はまだPCセットアップの途中であった。法務省勤務の頃も昼を抜くことが多かった有紀としては、午後から勤務に入るためにも今日は昼食をスキップしてPCに向かうことに決める。

 ちらと目の前を見ると、三夏も昼食を取る予定はないのかPCに向き合っていた。

「おや、那矢くんはお昼食べないタイプ?」

 突然有紀の背後から真司の声がした。

「えっ、はい……そのつもりです。PCのセット終わらせたくて」

 この男、気配を感じさせずに人に近づくのが得意なのだろうか。先ほど有紀が3階で迷っていた時も後ろからすっとやって来ていた。

「霞ヶ関の人たちはお昼食べない人多いよねえ。まあいいんだけど」

 途端に、真司は声を小さくした。

「三夏のこと、お昼誘ってみたら? 親睦を深めるためにも。ちなみに食堂は一階ね」

 それだけ言うと、真司も部屋から出て行った。

 有紀の前に座る三夏は引き続きPCに向き合ったままだ。キーボードを打っている様子は見えない。

 確かに、先ほどの自己紹介だけではこの『津々木三夏』という少女についてほとんど何も分からなかった。今後バディを組んでいく上では、これはやや問題だ。

 有紀も社交的な方ではない。まして自分より年下の少女を誘うというのは少し勇気がいる。が、円滑な人間関係が良好な仕事を生み出すことは有紀も一年前からの社会人生活で何となくだが分かってはいた。

 意を決して、有紀は席を立って三夏の方へ向かう。

 有紀が横に立つと三夏もPCから目を離して有紀を見た。彼女のPC画面に写っているのは動画配信サイトの軍人が出ている戦闘訓練の動画のようだ。

「何でしょうか。那矢監督官」

 三夏の目が真っ直ぐに有紀を見る。

「ああ、その……よかったらお昼でも一緒に、どう?」

「分かりました。行きましょう、那矢監督官」

 表情一つ変えずに三夏が席を立つ。

 てっきり断られるのかと思ったが、すんなりと了承されたことに自分から誘っておきながら有紀は少々驚きを感じた。

「一階の食堂でいいですか、那矢監督官」

「えっ、そうだね。じゃあ、食堂で」

「では、お連れします」

 三夏の後について、有紀も一緒に対異2課の部屋を出る。

 部屋に残ったのは、コンビニ弁当を食べる沙月一人だった。

「大丈夫かなー、那矢さん」

 ペットボトルに残ったお茶を飲み干して、彼女は呟いた。


 昼時ということもあり、食堂はかなり混み合っていた。

 警視庁の食堂は事前に券売機を買うスタイルだ。麺類や定食など色々なメニューが並んでいる。

 初めてこの食堂にやってきた有紀としてはメニューをじっくり確認したいところだったが、後ろにも並んでいる人たちがいるため悠長にはしていられない。ぱっと目についたハンバーク定食のボタンを押す。

 そのまま定食コーナーに向かい食券を渡すと、比較的大きいサイズのハンバーグが乗った皿が出てきた。セルフサービスの白米と味噌汁を取って、有紀は辺りを見た。

 三夏の方は向かいの麺コーナーで『今日のパスタ』であるミートソースパスタを受け取っている。

「こっちです」

 トレイを持った三夏が有紀に歩み寄ってきた。

 そのまま有紀は先導する三夏について行き、空いていた座席に座る。

「助かったよ。初日だからここの食堂のこととかよく分からなくて」

「いえ、お気になさらず」

 有紀の方を見ずに、三夏の方は食べ始めていた。

 有紀もハンバーグに箸を入れ、口に入れる。いい味だ。

 さて、昼食に誘ってみたはいいが何を話してみるか。有紀は思考する。

「津々木さんは、いつから警視庁に?」

「三夏で大丈夫です。那矢監督官」

 即答される。

「じゃあ……三夏さん、警視庁は長いの?」

「ここに来るようになって5年になります。それと、那矢監督官」

 フォークでパスタを巻いていた三夏が、顔を上げた。

「那矢監督官は飼い犬や飼い猫に『さん』をつけて呼ぶんですか」

「いや、呼ばないけど……」

「では私にも『さん』をつけずに三夏と呼んでください。私たち魔法少女はここでは警察犬と同様の存在です。公安に戻った前の監督官もそのように私を扱ってました」

 三夏の言葉はあまりにも淡々としている。

 初対面の人間に警察犬と同じ扱いをしろというのは、一体どういう神経なのか。

「だけど警察犬と一緒というのはちょっと、君だって俺たちと同じ人間だし」

「同じではありません。私は魔法少女であり、人権は保証されていないも同然です。私たちを貴方と同じだとは見なさないでください。ただの道具として見ていただいた方が、私も楽なので」

「だけどそんな風に言われると、俺だってやりづらいというか……」

「那矢監督官は、ここで成果を上げて前の仕事場に戻るのが目的なんですよね」

 言われて、有紀は食事する手を止めてしまう。

 完全に図星だ。それ故に何も言えない。

「だったら、私は私の仕事をします。それが那矢監督官の成果にも繋がるはず。貴方の邪魔になるようなことは決してしません。あくまで私をそのための道具として扱ってください」

 気づくと、三夏の皿に残るパスタはあと一口になっていた。彼女はそれを丁寧にフォークで巻き取り、口に入れる。

 そしてそのまま、トレーの端を持って立ち上がった。

「お先に失礼します。2課の部屋への戻り方は分かりますよね、那矢監督官」

 そう言うと、三夏はトレーの返却口へと歩いて行ってしまった。

「何なんだよ……」

 何か怒らせるようなことを言ったかと有紀は思い返すが、特に何も思い当たらない。

 津々木三夏がどういう人物なのか知るために誘ったはずだったが、どうやら失敗に終わったようだ。今後の前途多難さを憂いながら、有紀は自身の残りのハンバーク定食に箸をつけた。


 食事を終えて異対2課の部屋に戻ると、恐らく外で昼食を取ったと思われる歩人と蓮二は戻ってきており、沙月は昼食を終えてPCに向かっていた。

 三夏も先に戻ってきている。イヤホンをつけており、何か聞いているようだった。

 真司と魔法少女の二人はまだ戻ってきていない。

 有紀は主要なセットアップのみ完了したPCを開く。すると、メールボックスに一件のメールが入っていた。

 クリックして内容を確認すると、差出人は『Satsuki Kodake』とある。

『那矢さん。臥永課長から後で貰うかもしれませんが、念のため三夏ちゃんのデータシートを送っておきます。最初は大変かもだけど、頑張って! 分からない事があれば何でも聞いてください 小岳』

 その文面とともにメールにはPDFが添付されていた。

 有紀が横に座る沙月を見ると、彼に気づいた沙月が微笑して頷く。昼食時にほとんど何も聞けなかった有紀にはありがたい資料だった。

 沙月に感謝の意を込めて頭を下げて、添付のPDFを開く。そこには三夏の正面から撮影された写真とともに各種情報が記されていた。

 記載された情報に、有紀が目を通し始めようとしたその時。

『神奈川県川崎市管轄所より入電。12時44分に近隣住民より異常存在ありとの通報あり。管轄所署員が出動し異常存在であることを目視で確認。異常存在対策2課に緊急出動要請。繰り返す。神奈川県川崎市管轄所より入電……』

 部屋の中に緊急連絡の放送が入る。そこにいた全員が、それを聞いて顔をあげた。

 ちょうどタイミングよく、真司も2課の部屋に戻ってきた。

「おお、出動要請だね。当番は小岳くんと文乃だっけ」

「はい! すいません、文乃ちゃんにはすぐ戻るように連絡を……」

 慌ててスマホを机から取り文乃に連絡しようとする沙月を、真司が手で制止した。

「いや、いいや。折角だから那矢くんと三夏に出てもらおう。私も出るから」

 急遽真司に指名される有紀と三夏。

 三夏の方もイヤホンを外して、真司を見た。

「何事も実地で見た方が早いだろう。三夏がどういう力を持っているかも見て欲しいし。三夏、行けるか?」

「問題ありません。行けます」

「よし。装備を取って、地下駐車場の出動車前で集合だ」

 淡々と答えると、三夏は早速立ち上がって足早に部屋を出ていく。

 動きの速さに呆気にとられる有紀。

「さて、じゃあ行こうか。那矢くん」

「は、はい。了解です」

 遅れを取らないように、有紀も急いで席を立った。










































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る