第二話 辞令 2
「異対課って何やってるかあんまり見当つかないでしょ」
目的の場所への道すがら、真司が有紀に対して聞いてくる。
「一応関連資料は読みましたけど」
「おっ、読んでんだ。優秀優秀。流石国総試験一桁合格者」
ここでもそれを言われるのかと、有紀は辟易する。
ここ警視庁にまで来れば上位合格者ということに関しては言われずに済むと思っていたのだが、その望みは早速砕かれる。
上位合格者であるのは事実だが、試験は所詮試験でしかない。その順位が業務能力を測るものでは全くないというのに。
そんな気持ちを知ってか知らずか、真司は続ける。
「俺なんか国総の順位三桁だったからね。那矢くんの爪の垢を煎じて飲まなきゃいけないなぁ」
「えっ、臥永さんも国総組なんですか」
「見えないでしょ。実は私、国総からの警察庁入庁なんだよね」
警察にも各省庁に国家総合職試験合格者が存在する。その者たちは警察庁入庁となり、警察内では『キャリア組』と呼ばれ各都道府県警察の主要ポストに就くこととなる。
どうやら、真司もその中の一人のようだ。
「まぁ、総合職同士仲良くやろうよ。異対課はいい所だよ、公安みたいに堅苦しくないし
「そう、ですか……」
「他の課に比べて比較的新しいから、割と自由な感じだし。あっ、ちなみにだけど」
真司が突然、有紀の方を振り向く。
「那矢くんって女の子の扱いは得意?」
警視庁警備部異常存在対策課。
その創設の背景は1978年に遡る。その年の7月22日、世界各国で謎の生命体が突然姿を現した。数々の姿をした謎の生命体は各国の各地に出現し、多くの破壊活動を行った。時は冷戦時代の最中、東西陣営は互いに互いの生物兵器だと非難を繰り返したが、両陣営ともにこの謎の生物による侵攻を受けていた事でこの疑惑は晴れる事となる。
日本にもその生命体は発生し、どの生物にも属さないそれらの生命体を日本では異常存在、通称『コトナリ』と呼称する事となった。
コトナリの戦闘能力は非常に高く、通常兵器は効果があるものの人間の能力では彼らとの戦いには限界があることはすぐに判明した。各国政府は非常事態を宣言しコトナリ対処に当たったが、打開策は一向に発見されなかった。
一筋の光が見えたのは、同じ年の10月。
突如として、世界中で謎の能力を持った少女たちが各国で出現。コトナリを次々と倒していった。少女たちは人知を超えた能力を持ち、人ならぬ力で異形の怪物から人類を守る希望の象徴となっていく。しかし、なぜこのような少女たちが突如出現し始めたのか。それはコトナリの出現と同じく謎のままだった。
彼女たちの力はまるで魔法のようであり、いつしか人々は少女たちを『魔法少女』と呼称するようになる。
その能力はあまりに強大であり、各国は魔法少女たちの政府管理を決定。日本もその流れを汲み、政府内でどの省庁が管轄とするかの議論が始まった。防衛庁が有力候補ではあったが自衛隊内の部隊となった場合、出動に際し大きな制約があることや周辺国に軍事力の増強と捉えられる事を避けるためにこの案は流れ、コトナリ事案は国内治安に関する事項として警察庁の管轄となった。
かくして、魔法少女を管理・教導し
目的地の異常存在対策2課、通称異対2課は4階フロアの奥にあった。
部屋のドアの横にはIDカードをタッチするための装置があり、真司が手持ちのIDカードを装置へとかざした。
ロックが解除される音がしたのち、真司がドアを開き有紀に入るよう促す。
入ると部屋の中に見えたのは二列の島配置のデスク。それぞれにPCが置いてあり、数人が席についてPCを前に仕事をしている。
部屋の奥にある独立した机は課長である真司の席だろう。
「はい皆さん注目! 例の新人さんがいらっしゃいましたよー」
真司が手を叩いてそこにいる人々の注目を集める。
部屋にいたのは、男性2人に女性1人。3人とも立ち上がって有紀の方を見た。
「ほら那矢くん。自己紹介を」
「あっ、はい。本日付で法務省より出向してきました。那矢有紀と申します。よろしくお願いいたします」
姿勢を正して、有紀は簡潔に告げる。
皆が有紀に拍手をし、異対2課への歓迎を示した。
「はい、じゃあ各自自己紹介して。私はさっき終わらせたから、えーと、まず
真司が部屋にいた女性を指名する。
「
沙月と名乗った女性がそう言って頭を下げる。黒髪を後ろにポニーテールで纏めた整った顔立ちだ。年齢も有紀と大きくは離れていないだろう。
次に、女性の隣にいた男性が口を開く。
「
蓮二というこの男性はまさに警察官という感じの見た目であった。スキンヘッドの頭に特徴的な長身。筋肉質な体格なのがYシャツ越しでも分かる。自衛隊員でも通るかもしれない。
最後に紹介を始めたのは、蓮二の隣にいた男だった。
「
この歩人という男は蓮二とは対照的だった。体も細身であまり体力はなさそうである。少なくとも警察官には見えない。情報収集などが仕事と言っていたが、なるほどIT企業などにいそうな感じである。
「これで大人組の紹介は終わったな。で、肝心の……」
真司が部屋の中を見渡す仕草をする。
「彼女たちがいないな。まだ登庁してないの?」
「一応、さっき
沙月が少し右手を挙げて答えた。
「了解。じゃ、そのうち来るな。では取り合えず自己紹介は終了。席に戻って」
各自が席へと戻っていく。蓮二と歩人は右の島の机が自席のようで、沙月は左の島の机を自席としていた。
ただ一人、有紀は自分がどうすればいいか分からず立ち尽くす。
「ああ、那矢くんは小岳くんの隣の席で。よろしくー」
真司が自席に着いてから有紀に声をかけた。
それに従い、有紀は沙月の隣の席へと着いた。机にはPCの他、最低限の文房具は用意されている。横の引き出しを開けると、冊子状になっているPCのセットアップマニュアルが見つかった。
一先ずはこれのセットアップかと、有紀がPCの電源ボタンを押す。
「門限もっと遅くしてもらわないと夜腹減った時どうしようもないっての!」
「だ、だからお腹空いた時は私の部屋に来てくれれば何かあげるから……」
突然、ドアのロックが外れて女子高生のような声が部屋の中に響く。
驚いて有紀はPCの画面から目を離して後ろを見た。入ってきたのは二人の少女。
いや、三人だった。二人の後ろにもう一人少女が立っている。
三人とも背丈も髪色も異なる、まとまりのない感じだ。
「来たな。那矢くん、改めて紹介するよ」
三人が入ってきたのを見て、真司が席を立つ。
少女たちの方も部屋の中に見ない顔がいることに気づいた。
「そいつ、例の新しいやつ?」
三人のうち、先頭にいる少女があまり興味なさそうに言い放つ。
「
その後ろにいる黒髪の少女が慌ててフォローした。
さらにその後ろにいるパーカーを着た少女は、引き続き何も喋らない。
警視庁庁舎に年端もいかない少女たち。側から見れば補導されてきた少女たちがやってきたようにも見える。
有紀は呆気に取られていたが、この少女たちが何者なのかは分かっていた。
「じゃあ、那矢くん。彼女たちに自己紹介を」
横にやってきた真司に促されて、有紀は席を立つ。
先ほどと同じ簡潔に自己紹介を口にした。
「本日付で法務省から出向になりました。那矢有紀です。その……よろしく」
「はい、という訳で我々異対2課の新たな仲間になる那矢君です。皆、拍手!」
真司が言うが、三人の少女の中で拍手したのは黒髪の少女だけだ。
口調の悪い少女は面倒臭そうに天井を見ており、無口のパーカー少女は特に反応がなく有紀のことを見ている。
「早音と
「は、アタシからかよ……」
口の悪い少女は嫌そうにため息をついた。
緋色の長い髪が特徴的で、黒いジャケットを羽織ったジーンズ姿のその少女からは強気そうな印象を有紀は受ける。
「アタシは
必要最低限の情報だけ言って、早音と名乗った少女の紹介は終わる。
有紀のことが気に入っていないというより、誰に対してもこういう態度なのだろう。
次に、真司に目で促されて隣の黒髪の少女が口を開いた。
「あのっ、
言い終わると、文乃という少女は深々と頭を下げる。
黒髪を三つ編みにして、羽織った黒いカーディガンの下は制服のようなものを着ているようだ。先ほどの早音とは全く対照的で、礼儀正しそうだが気弱そうである。
最後に、ここまで一言も発していなかった無口のパーカー少女が口を開いた。
「
言って、三夏は軽く頭を下げた。
茶髪のショートヘアに、緑のマウンテンパーカーを着たこの少女はどういう性格なのか有紀には全く読めなかった。先ほど入ってきた時、早音と文乃は会話していたが三夏はその輪に入っていなかったところを見ると、三人とも仲が良いというわけでもないのだろうか。
三人の三者三様な自己紹介に、真司がやや呆れ顔になる。
「君ら、相変わらずだな……那矢くん、なんとなく感づいてるとは思うけど」
「はい。この子たちが例の」
有紀にも分かっていた。
彼女たちが、この日本を代表するあの力を持った少女たち。
「そう。彼女たち三人が、警視庁異対課の誇る魔法少女だよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます