拾壱話「夢」
ゆっくりと雲が流れるのを見ていた。
あの雲はどこへ行くのだろうか。
一人でいると雲は時間をゆっくりにしてくれる。
こんな時間が好きだった。
「空!何してるの!」
聞き慣れた声で一人の時間が阻害される。
しかし別に嫌なわけではないのが考えものだ。
「今いくよ白。」
慣れたように屋根から降り立ち空はスタスタと白の元へ向かった。
その腰には鞘をグルグルに縄で固定した刀が一つ。
真っ黒な着流しに長い黒髪は後ろで束ねられている。
空、十五歳。この街で知らぬ者はいない街の用心棒。
彼の物語は新たな時代になっていた。
人間離れした足取りで壁を伝い走る。
地上を走る猫は立体の動きまで予想していない。
一瞬で猫の前に降り立ち掴み上げた。
「ニャー!」
「嫌がるなよ。魚勝手に食べたのはお前だぞ。」
空は最早手慣れた様子で猫をスタスタと魚屋の元へ連れて行く。
別に怒る訳では無いがそれでも一応被害をこうむった魚屋まで連れて行くのが筋だと空は考えるのだ。
「いつもありがとうな。空。」
魚屋の店主も怒ることなくニッコリと笑った。
空も笑い返す。
これが空の日常。
ずっと続けてきた空の日常。
今では街で一番有名な男。
空はこの新しい平和をゆっくりと楽しんでいた。
空はまたボーッと天を眺めていた。
最近はこうして一人でいる時間が多い。
そしてそういった小さな変化は一緒に暮らしている人程気づきやすい。
「空。隣いい?」
聞き慣れた優しい声色。
「雪。ああ。別にいいよ。」
雪はニコッと笑い空の横に座った。
しかし雪は特に話しかけたりはしない。
この五年間息子のように慕った彼が自ら話すのを待つのだ。
二人は静かに天を仰いでいた。
ふと空の口がゆっくりと開く。
「………なあ。雪。」
空の声に雪は視線はそのままに意識を空に向ける。
「なあに?」
空は静かに続けた。
「人って何で生まれたんだと思う?」
悩みを聞くつもりで隣に座った。
だが思ってたより内容は思いもので雪はわざとらしくニコッと笑う。
しかし空は意外とこういう話を振ってくる。
それに感化されたのか最近では白もこういう話を振ってくるようになった。
成長なのか微妙なところであり母親としては如何ともしがたい。
雪は視線を空に向けた。
「その答えを出せるかはわからないんだけどさ。取り敢えず何でそう考えてるの?」
空は雪の問いに真っ直ぐに答える。
「俺はさ。この世の物事には必ず【名前】があって【理由】があると思うんだ。」
話を続けながら空はもう一度天を仰いだ。
「それでさ。この世界の俺の知らない事。出来るだけ知りたいんだ。」
一度目を瞑り、ゆっくりと開き直す。
「けど、【人がなぜ生まれたか】って答えは考えても分からない。雪はいつも俺に色々教えてくれるから何か知ってると思って。」
純粋な疑問を純粋な気持ちでぶつけてくる。
彼は身体も心も随分と成長した。
しかし時折こうして幼い頃のような知識への想いが顔を出す。
雪はニコッと笑った。
「頼ってくれてありがとう。けどごめんね。私もその答えは知らないんだ。」
真っ直ぐと聞いてくる空には真っ直ぐと聞き返す。
だから雪も空も互いを信頼し合えるのだ。
空はコクっと頷いた。
「そっか。ありがとう。」
少し切なそうな空の頭を雪はポンポンと撫でる。
「その答えを見つけるのが空の【夢】なんだね。見つかるよ。きっと。」
優しい笑顔で雪は笑う。
空は驚いた表情で雪を見た。
「【夢】………。」
また目を閉じてゆっくりと開き直す。
「ああ。そうだね。見つけたい。」
二人は優しく笑い合った。
まるで本物の親子のように。
空は五年の月日で成長した。
そして【夢】を見つけた。
確実に空は一人の人間として強くなっているがこの五年の月日は空の一つの部分だけ特に大きく変えてしまった。
その変わった部分が空にとっての悲劇を起こしてしまう。
空にとって二つ目の悲劇は【夢】を見つけたこの日の数日後に起きてしまうのだ。
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