拾話「この街の空」

 木と木を飛び移る人並み外れた跳躍は野生動物すら翻弄する。

プギぃ!

何太刀目か分からない斬撃が急所を捉え暴れ猪は倒れ込んだ。

「おお!」

近くで鍬や鎌を持って構えていた男達が歓喜の声を上げる。

それを見て白は嬉しそうに笑った。

視線の中心にいる空は慣れたように猪を引き摺って歩いていく。

何故空が山で猪を狩っているのか。その理由は先日の事に遡る。


 三人の山賊を追い払った空は街の中心で「この街の刀になる。」と声高らかに宣言した。

実際それが可能であろう実力は示しただろう。

しかしそれは反対に恐怖の対象にも成り得るのだ。

何より空は初めて見る部外者。しかも廃刀令を無視する子供侍。

いくら酒屋を救ったとはいえそう簡単に信用するというのは出来る事ではない。

それを察した白は取り敢えずその日はその場を後にして家に空を連れ帰った。

雪に相談する事にしたのだ。

白にとって雪は母親であり最大の理解者。

白は雪に事の顛末を話した。

そして雪は白の期待通り一つ、提案をしてみせた。

「街の人に何かしてほしい事はないか聞いてみれば?」

つまりはただの用心棒としてではなく便利屋として少しずつ街の人の信頼を獲得しようという事だ。

 空は真っ直ぐと答えた。

「ああ。それで俺がみんなの為になるなら。」


 ズルズルと引き摺るように空は大きな猪を街の入り口まで持ってきた。

まさか子供に出来る筈がないと思っていた大人達はどよめきを隠せない。

しかし空は表情を変えずに口を開く。

「次は何してほしい?」

空の言葉に街の人々は顔を見合わせる。

目前の子供はきっちり依頼をこなし、尚も何かしようと言うのだ。

動揺は隠せない。

 最初の依頼は〈街の畑を荒らす暴れ猪を退治してくれ。〉だった。

出来る訳ないとたかを括った大人が嫌がらせで頼んだ依頼だ。

しかし依頼はこなされた。

すると一人の女性が利き手を挙げた。

「あ…じゃあウチの畑の収穫手伝ってくれないかね?男手が欲しいんだ。」

女性の言葉に一瞬しんと辺りが静まり返る。

しかしそれも束の間。直ぐに騒々しくなった。

「う、ウチも瓦の張替え手伝ってくれ!」

「あたしんとこも障子張り替えたいんだ!」

「米の運搬作業手伝ってくれ!」

「あんた強いから値引きの時一緒にいてくれないかい?」

「空くん!ウチだ!」

「空!ウチも頼む!」

ガヤガヤと街の人々は空の元へ集まっていく。

出来る事の多い少年が手伝ってくれると言うのだ。

なら頼まない道理はない。

あまりの喧騒に空はたじたじと言葉を失う。

見かねた白がパンと両手を小気味良い音で合わせた。

「はい!依頼は順番!まずはみち子さんとこの畑の手伝いからね!」

白の言葉に空も取り敢えず二、三度頷く。

そんな空を見て白は小さく笑った。

「良かったね。【役割】。貰えたじゃん。」

白の言葉に空も笑い返す。

「ああ。良かった。ありがとう。白。」

 次の依頼は〈畑の収穫の手伝い〉。

空はこれからまだまだ忙しくなる。

しかし望んだ事だ。

街の為にゆっくりこなす。

 二人はニシシと笑い合った。


空はこの日、街の人々に【空】として覚えてもらった。

【この街の空】としての新しい生活が始まったのだ。

そんな空としての分岐点となったこの日、世間では歴史に残る戦争が集結した。

明治十年。九月二十四日。西郷隆盛率いる鹿児島士族が起こした【西南戦争】が新政府軍の勝利という形で集結。

この戦争が歴史的・・・に国内最後の内戦となった。

そしてこの戦争集結を皮切りに武士や侍は少しずつ衰退していく事となる。

が。実はこの戦争をきっかけに今後空の戦いが始まってしまうのだ。

しかしそれはまだ誰も知らない。


 そして空の物語はここから五年の月日が流れるーーーー………。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る