伍話「親子」
振り下ろした刀の汚れを飛ばす為に手首を素早く捻る。
あまり四方に飛び散らない所から経験値と実力が伺える。
倒れ地に伏した人の数はこの家に住む人間と同じ数。
返り血を拭う事をしないその顔は全く微動だにせず無表情だった。
「オイ。終わったか。」
のそりと暗闇から一人の男が顔を出す。
右足を引きずるように歩く男の腰には刀が一つ。
しかし抜いた痕跡はない。
人を斬ったのはその息子、空だけ。
闇から出てきた男。彼の名は
空の実の父親だ。
十三の言葉に空は一言も発さずコクリと頷く。
実は空は十三には言葉を話せる事を言ったことは無かった。
名前を貰った事すら十三には伝えなかった。
理由は空にも分からなかったがただなんとなく、十三には教えたくないと思ったのだ。
この感情は空にとって初めての【反抗】だったのかも知れない。
空は血を払った刀を納めてスタスタと十三の後方へと歩いていった。
十三は空の斬り殺した人達を一人ずつ眺める。
そして全員を見終えた後十三は不気味に嗤った。
「あと少しで終わるぜ……青治郎。」
十三はのそりと歩いていった。
ある日、空はいつもと違う場所にいた。
そこでは若い男達が竹刀を振って研鑽し合い情熱を注いでいる。
碧はここを【道場】と言った。
そしてその横にある屋敷が碧の家。
青治郎の持つ町一番の屋敷だ。
空はようやく町の人々と話し始めた事で青治郎とも話した。
そこで折角だから一度屋敷に来てくれないかと誘われたのだ。
しかし空は道場の端でじっと稽古を眺めていた。
屋敷には一度入ったがあまり肌に合わなかったのか終始怪訝な表情だった。
そんな折、道場が空の目に止まり今に至る。
空はじっと稽古を眺めているだけで参加を迫るでもなくただ静かに座っていた。
作法などはない。ただ足を伸ばして背を壁につけて座っているだけ。
碧は横で不思議そうに空を眺めるが人の頭の中を覗く事などできない。
実はこの時空は無意識に頭の中でシュミレーションをしていた。
あの形で斬り掛かってきたらこう躱して斬ろう。
あの振り方は一度弾いてから斬ろう。
一つ一つの動きを無意識に分析し、その中で最後は必ず相手を斬る。
幼い頃より今も父に教えられ続けている唯一の事。人斬り。
空にとってそれは息をする事以上に当然の事なのだ。
じっと道場稽古を眺めている空の少し離れた所で大人達はコソコソと話していた。
「また人斬りが出たぞ……。」
「またか……しかもこの道場の門下生が斬られる事が多いな……。」
「どうせあれだろ……?あの外れに住んでる不気味な男……。」
「ああ……確か十三とかいう………しかし奴は足が悪いんだろう?」
「それに証拠がないと青治郎さんは動かないからな………確か青治郎さんと十三は……。」
コソコソと話す男達。恐らくここの門下生だろう。
しかしこの会話は空と碧には聞こえたかは定かではない。
というよりそれはどちらでもいいのだ。
何故なら直接来たからだ。
「オイ……青治郎はいるか……。」
噂の男。十三が。
「……いるだろ?早く呼んで来い。」
ヒョコヒョコと右足を引きずる男は人外のような不気味な雰囲気を醸し出していた。
「せ…青治郎さんに何用だ!」
門下生の男達が大きな声で威嚇するが十三は怯む事なく睨みを効かせる。
大人が二対一で怒鳴っていれば当然目立ち視線を集める。
流石の空も稽古が止まった事で視線が入口の方へ向かった。
十三がいる事に驚いた人間は二人。
一人は屋敷から出てきた青治郎。
もう一人は空だった。
しかし空は十三の名前を知らない。そして父への呼び方も教わっていない。
表情には驚きが出るが声は出さずに十三を見ていた。
「十三……何しに来た…。」
屋敷から出てきた青治郎は懐に銃がある事を静かに確認し十三の前に出た。
その警戒体制に気づいたのはこの場では恐らく空だけだったろう。
十三はフッと嗤って青治郎を睨んだ。
「お前に昔言われた事を思い出してな……なんだったかな。「お前には何も成す事は出来ない。」だったか?」
近づこうとする十三を門下生が刀に手を添える事で制する。
十三はその場で続けた。
「だが俺は成し続けるぞ……
不敵に嗤うその男にはその場のほぼ全ての者達が恐怖を覚えた。
「お前は俺が成した時……悔いる事すら出来ない……!」
ケタケタと十三は嗤い青治郎は怪訝な表情で睨み返した。
「たった一言……否定したのは認める。だがそれだけでお前は自分以外を否定する気か?十三。」
二人の間には怒りと恐怖、思惑が交差し合う。
また十三が煽ろうと口を開いたが十三の視線は一つの所に奪われた。
「………お前何でここにいる。」
視線の集める先。それは空だった。
「空君を知っているのか?」
青治郎が聞くと十三は不思議そうな表情で答える。
「そら?こいつに名はない。こいつは俺の刀だ。名前なんぞ必要ない。」
最底辺の人間否定。しかしその発言で空の出生はこの場の全員に知れ渡った。
「お前の息子か。」
十三は青治郎の言葉には答えなかったが空の足が答えを出した。
「空……?どこ行くの?」
碧は十三の元へ向かうとする空の背中に問いかける。
空は振り返らずに答えた。
「あいつが呼んでる。じゃあまた。碧。」
空は止まることなく十三の後方へと歩いていった。
疑問など一切無いかのように。
理由は単純だ。
空は教わっていないのだ。十三の元から離れるという事を。
十三に逆らうという事を。
意見する事を。
そしてそれをしていいという事を空は知らない。
十三も空の後ろを着いて行くようにのそりと歩いていった。
歩いていく二人の背中を見て碧は一つ疑問を覚えた。
空に名前がついていて言葉を発する事を十三は驚きはしたが大した反応を示さなかった。
普通何かしら言う筈だ。
自身の刀だと自称する息子に自分以外が名前と言葉を与えたのだ。
碧はそれを十三が知った瞬間はきっと怒ると思った。
しかし十三は何も言わなかった。
碧はまたしてもこの疑問に答えを出せないがこの答えは簡単な事だった。
興味が無いのだ。
自分の息子に名前が付こうと言葉を覚えようと。
どうあろうと空は指示を出した人を斬る。
それだけは産まれた時から教えてきた。
十三にとっての空の価値はその刀としての有用性のみ。
そして空もそこに疑問は持たない。
それが空にとっての十三の存在だからだ。
この二人を人は【親子】と呼べるのか。
それは分からないが少なくとも空は【親子】を知らない。
二人を繋ぐ物は一本の刀と血縁だけなのかも知れない。
碧は何も言えずただ見ていた。
見えなくなるまで空の背中を見続けたのだった。
この日は空は特に何も覚えなかった。
しかし空には分かった事がある。
それは人を斬る方法と十三が自身の父であるという事。
それを空は人知れず脳内で再確認した。
しかし空はこの一週間後その縁を斬る事を選択する。
初めて自らの意志で父に対して物を申す事となる。
恐らくそれは空にとって人生で一番最初の大きな出来事となるだろう。
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