参話「名付け」
碧はピシッと指を差した。
「あれはね!【雲】!白くてプカプカ浮かんでるの!」
『 』は碧の差した方を同じ様に見つめる。
碧は『 』に分かるように口を動かす。
「く・も。雲だよ!」
「……う…お…?」
真似してくれたのが嬉しかったのか碧は満面の笑みで続けた。
「あれは【家】。」
「い…え。」
「あっちはねー【犬】。」
「い……う?」
碧は嬉しそうにうんうんと頷く。
「あれは【木】。それでね。あっちは【葉っぱ】っていうの!」
「い。あっぱ。」
碧は次々に教えた。
答えるように『 』は繰り返した。
毎日二人は同じ場所に来て『 』は言葉を覚えた。
【土】も【人】も【太陽】も【刀】も教えてもらった。
そうして繰り返し教えられ、おおよそひと月程の月日が流れた。
「あれは……そ……ら。」
「そう!【空】!私の名前と同じ【色】をしてるおっきなもの!」
『 』はひと月で相当に喋れる様になっていた。
元々の吸収力なのか。殺し方以外知らなかった余白が大きかったのか。
『 』はもう碧とそれなりに会話も出来るほどとなり、碧の言葉もほぼ理解していた。
「い…ろ?」
【色】。それは全てのものについているモノ。
初めて外の世界に出た時に感じたあれは【色】だったのか。
あの感動は真っ暗闇には無かった世界の【色】を感じたからなのか。
『 』はじっと空を見上げた。
「そして私は【碧】。それが私の【名前】。」
碧は真っ直ぐ『 』を見る。
『 』も純粋な瞳で碧を見た。
「なまえ………あ…おい?」
碧は大きく笑顔を前面に出した。
「そう!碧!」
「あおい。」
嬉しそうに笑う碧。
釣られて『 』も小さく口角を上げた。
前より器用に笑ってみせた。
「そろそろあなたの名前……決めた?」
碧は尚も真っ直ぐ『 』を見る。
『 』の名前。
そう。『 』には名前が無かった。
父が与えなかった。
その為碧は少し前から「無いなら自分で決めたらいい。」と言って待っていたのだ。
『 』はまた小さく口角を上げて碧を見た。
「あおいがきめて。」
一言そう言った。
『 』には珍しい。少し流暢な声で。
「え?」
碧も驚いたが『 』があまりに真っ直ぐと碧を見るので照れくさそうに空を見上げた。
少しだけ何も話さない時間ができた。
だが『 』はじっと待つ。
碧は見上げたまま答えた。
「【空】。」
ゆっくりと顔を下ろして碧は『 』を見た。
「空。私が【碧】だから、あなたは【空】。あなたの色が私なの。」
寒い季節ではない碧の頬は少しだけ紅葉していた。
『空』は頷いた。
「そら。おれのなまえ。」
二人は初めて同時に笑った。
少しだけ頬を熱くして。
この日初めて『 』に名前がついた。
彼の名前は『空』。
人生で二つ目のプレゼント。
くれたのは父ではなく【色】をつけてくれた一人の少女。
彼女の名前は碧。
『空』に名を与えた。
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