残香

灰崎千尋

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 線香を一本、箱から取り出そうとして途中で折れた。


 どうせ折るものとはいえ、変なところで折れてしまって酷く不恰好だった。こういう時に、自分のがさつさが嫌になる。

「大丈夫、大丈夫」と、笑ってくれるあなたもいない。

 仏壇なんて大層なものは無く、葬儀屋がくれた香炉と蝋燭、写真立て。仏を信じてもいないのに、もらったから続けているだけ。


 あなたは匂いの薄い人だった。汗もあんまりかかなくて、首すじや腋に鼻を近づけても、石鹸か柔軟剤の匂いがうっすら移っているくらい。


 だからそろそろ、あなたの顔と線香の匂いがぎゅっと結びついてしまう。

 ねぇ、それでいいの? あなたは。

 私は嫌だ。嫌なのに。

 生きていたあなたを覚えていたいのに。

 

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残香 灰崎千尋 @chat_gris

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