波:先輩の語ることには(杉宮先輩・大学四年・男性:外)
要するにあれだ、今更蚊帳の外ぶってんのも馬鹿だろって話でな。
急に連絡掛けたのは悪かった。いや、どうせお前のことだから、これから飲むって呼び出しても付き合ってくれるだろうとは思ってたけど……予定とかあったんなら悪かったな。今回だけ見逃してくれ。もうしないからさ、こういう真似は。
別にいいだろ俺が話したって。出し惜しんでたとかそういうわけでもないがな。ちゃんと手持ちはあるんだ。
いいよ今回は飲んで。つうかそのつもりじゃなかったら、飲み屋なんか選ばねえよ。報告とかそんなんじゃないからな。一応あれだ、
大学二年のときにな、心霊スポットに行ったんだ。
月例会の帰りだった。その頃よくつるんでたサークルの上級生と突発的に飲みに行こうって話になってな、大学近くの飲み屋で飲むことになったんだ。五人、だったと思う。途中で近所に住んでたOBさんも合流して、財布の心配がなくなったからみんなべろべろになるまで飲んでた。
で、飲んで盛り上がって店閉まって終電逃して、どうするかって話になったんだよ。幸い飲んでるやつの中でその辺に住んでるやつがいたから、最低限の寝床は確保できてる。でもそんな学生向けアパートに行ったら下手に騒げないから、飲めないし本当に寝るだけになっちまう。それが嫌でな。かといって次の店行こうにも時間が時間だから、まともな店は開いてない。
夏の夜だったしな、浮かれてたんだよ。酒も入って気の合うやつらとバカ騒ぎして、寝るのも帰るのも嫌で──もっと馬鹿なことがしたかったんだな、きっと。
だから心霊スポットに行こうぜってOBさんが言い出したときも、誰も反対しなかった。
バラバラの家、だったか。息子の嫁に横恋慕して手出したせいで古女房が首吊って、もともとちょっとおかしかった息子がブチ切れたもんでジジイも嫁もバラバラにされて、そのまま息子は逮捕されて病院送りになったけど最近出てきた、みたいな噂をOBさんが教えてくれた。
盛り上がったよ。そんな事件マジにあったのかとかなんて、誰も言い出さなかった。だってどうでも良かったからな。それっぽい曰くがそれっぽい場所にある、それで十分だった。だらだら夜道歩きながら、適当に怖がったり脅かしたり、馬鹿の集団下校みたいな感じでOBさんの後ろ着いてってさ。
飲み屋街抜けて、市役所の方まで歩いて、そこから中学校の近くの住宅街こそこそうろついて──誰にも会わなかったな、道中。でもそんなの不思議にも思わなかったし、夜中ならこんなもんだろって思ってた。飲み屋んあたりならまだしも、学区と住宅街だからな。
カーブミラーのある交差点、電柱に括られた不審者注意の看板、町内掲示板。そういうもんだけ覚えてる。あんだけ酔っぱらってたのにな。
バラバラの家に着いたのは、俺が一番最後だった。
玄関まで行った。それだけで、俺もみんなも駄目だった。
皆散り散りに逃げた。悲鳴だけ上げて、ただ足だけばたばた動かして、とにかくあの場所から離れようってことだけ考えた。
他の連中のことなんて頭のどこにもなかった。
人心地がついたときには、皆どこにもいなかった。仕方ないよな、誰かのことを気にかけてられるような余裕なんて誰にもなかった。連絡取るのも怖かったしな……電話が繋がって、相手がちゃんと出なかったらどうしようって思った。嫌だろ、知ってる番号から聞いたこともない声とか聞こえたら。
俺は上手く逃げられたから、まったくひと気のない場所に一人きり、みたいなことにはならなかった。ちょっと気合入れて歩けば、自分の部屋にも帰れるくらいのとこだったな。帰巣本能みたいなもんなのかね。たださすがに部屋に直に帰るのは嫌だったから、近場のファミレスまで足伸ばして、そこに朝まで居た。
気づいたら一人ってのはそこそこ堪えたがな。俺も先輩もそれどころじゃなかったからな、恨んだりは、まあ、あれだ。ちょっとしかしてない。俺は何ともなかったしな。
何ともなかったっていうか、ある方がおかしいんだけどな。
後日、調べたんだよ。図書館行ったり地元のやつに話聞いたり、真面目な中学生の郷土史研究ぐらいにはちゃんとやった。そしたらやっぱりそんな事件はなくって、そもそもただの空き家に根も葉もない噂が流れてた、みたいな話なのが分かった。
だから、余計怖くなった。
じゃあ俺たちは何を見たんだっていうところもあったけど──一番は、どうしてそんなものを見たのか、っていうのを考えないといけなくなるのがしんどかった。だって大元が存在しないって分かっちまったからな。見るべきものがそもそもないんだよ。
普通に目玉で物を見るときだって、光が物体に反射するから見えてるわけだろ? 俺たちの状況は、そもそも何に反射したのか分からないんだよ。本当ならそこには何もないはずなのに、二十超えた野郎五人、全員が何かを見ちまったんだからな。
何見たのか、ってのは言わないことにしている。多分、どう話しても間違うって確信があるからな。全部見間違いだろうし、何もかも正解になりうるんだと俺は思ってる。
その後は、まあ、何もなかった。OBさんは段々顔出さなくなったし、先輩は卒業した。俺はそういうのと特に関係なく留年したけど、こうやってのうのうと学生やって飲み会してる。普通の大学生だよ。普通よりちょっと落ちるかもしれないけどな、それは俺の器量の問題だ。分相応ってもんだろ。
それでも、今日が初めてだ。あの日にあったことを、人に話したのは、お前が初めてだ。
一緒にいた五人ともその手の話はしなかった。わざわざ思い出したくなかったからな。お互い口に出さないようにしてたし、何となくそのときの面子で集まらないようにはなった。口には出さないけど、何となくな。
そうだな。
懲りた割には未練があるな。
こんな目に遭っといても、お前に協力しようとしたくらいには、俺は怖いものが好きなんだろう。どうしようもないな。
娯楽として面白いのは相変わらずだしホラー映画も好きだけど、自分で体験しようとかは思わない。消費するだけでいようって決めたんだよ。それだってそこそこ危ないんじゃないかって気もするけど、摂取する以上は何だってリスクだからな。そこまでは許容範囲って考えてる。勝手だろ。そもそも煙草も酒もやってる時点で何かを怖がる権利なんてないしな──そうだな、これは暴論。でも大まかには一緒だよ。義務でもない毒を飲んで喜んでるんだ。
それでも怪談とかそういうものに直に触れるのはやめた。当事者になれるほどの度胸が俺にはない。そこまで捨て鉢にもなれない。
だからまあ、これはぎりぎりだ。誰かに伝えた時点で、俺はもう一度思い出したし、お前は知ったわけだからな。知ることと経験することの差がどれくらいかなんて、匙加減が微妙なところだろ。語るってのはそういうことだし、聞くのも似たようなもんだ。再体験と追体験。微妙な差と濃淡こそあれ、当事者になるのは避けられない。
心霊スポットに突撃した俺たちは無事に帰ってきた。運が良かったのかもしれないし、見逃されたのかもしれない。趣味に合わなかったとかな。どれでも結果は同じだけどな。おかげでこうして酒が飲めてる。
でも、二度目が──次があるかどうかは、どうしたって分からない。
確証も根拠もどこにもない。たまたま助かっただけ。極論言えば普段の生活だってよく考えたら全般綱渡りかもしれねえけど、それでも差はあるだろ。日常みたいな顔して繰り返して試行を続ければ、どんな低確率の事象でも発生しうる。当たるまでクジを引けば当たる、ってだけの話だよ。不確定なのはいつ当たるかってことだけだ。
だから──なあ。まだやるのか、稲谷。
いや、止める気はずっとねえよ。どう取り繕っても他人事だしな。けどお前はサークルの一員で、俺の後輩だ。気にかけるくらいの理由はあるだろ。身を挺して庇うほどではないけどな。
俺はお前ほど捨て身になれない。こうやって話すのも、散々考えてようやくだ。諦めて酒入れて思い切って、その程度だ。だから見逃されたのかもしれないけどな、まあ──今回も見逃してもらえるようにお祈りするくらいだな。そもそも手はずっと貸してるんだ、今更なんだよな、結局。思い切りが悪いんだよ。
そうだな。こうやって俺の話も聞いたんだ……どうせなら、川野からも話聞いとけ。あいつ、面白い話を持ってるはずだぞ。
ホワイトマンション。あいつの持ちネタだって、宮沢から聞いた。住んでたんだとよ、引っ越す前にな。
話したいこと、あるだろうよ。きっとな。お前になら話してくれるだろ。ここまで付き合ってやったしくれたんだからよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます