血縁の話(江見・大学一年・男性:外)

 こっちの右手首のやつが一番古くて、中学二年の夏でした。左手の甲は同じ年の冬で、左耳の先は高一。俺もともと耳先尖ってる人なんで、片っぽ欠けたのが結構目立つんですよ。両耳出してると、何も知らない人でも違和感あるくらいには分かり易い。だからこうやって髪長めにしてるんです。鬱陶しいはそうなんですけど、じろじろ見られるのもダルいんで……。

 見せらんないですけど、腹とか背中にもそこそこあります。背中、自慢じゃないけどちょっとすごいです。健康ランド行けない系ですよ俺。びっくりされちゃうんで。

 で、首のやつ、ついさっきなんですよ。見苦しいなって思ったんですけど、さっきトイレ入ったときに気づいたんでどうしようもなくって。駅いる時に気づけば薬局寄ってきたんですけど、流石に包帯とかは持ち歩いてないんでそのままで。引きますよね、済みません。


 従兄のせいなんですよ。

 違いますよ、家庭内暴力とかそういうんじゃないです。

 従兄ですしね。複雑なご家庭がどうとかないです。父母姉俺の家族構成です。従兄ん家はあれです、車で一時間ぐらいのところに住んでます。電車だとうまく乗り継げば二時間くらい。半端に私鉄を挟むんですよ。俺んちの方が田舎なんで。親父の趣味ですけどね、いいことないですよ田舎住まい。することないし。平均的に頭悪いし──これただの悪口ですね。でも嫌いですよ田舎。豊かな自然とかのどかな風景とか全然人格形成に寄与しませんもん。水が美味しいってのは死ぬほど言いますけど、逆にあれそれしか威張れる要素がないってだけで、


 はい。

 ええとですね、従兄の話します。従兄、母方の親族です。母が三姉妹で、次女なんですよ。従兄は長女の明子おばさんの子供です。俺の三つ上です。

 この人が、まあ──出来がとにかくいいんです。

 鳶が鷹どころか龍産んだようなもんですね。身長あって、泳ぎも上手くて、走るのも学年一位とかそんなのだし運動どれやらせてもばきっとこなす。しかも芸術系の才能もあって、歌も上手いし絵もよく賞とかとってました。

 その上顔も頭もいいんですよ。学祭のステージで告白してきたやつがいたの、語り草ですからね。成績も優秀だし、いいとこの高校に当然みたいに受かってから国立に滑り止めなしで一発合格。


 ね。殺してやりたくなりますよね。


 幼少期は自慢の従兄でしたよ。

 向こうもまた……いい人なんでね、俺のことちゃんとかわいがってくれて。俺のことぎーちゃんって──義一ぎいちですからね俺の名前が──呼んでくれて、飽きたゲームとか漫画なんかもくれたりする。本当にそつなく優秀なんですよ。

 小さい頃ってほら、良くも悪くもその辺真っ直ぐじゃないですか。すごい人がすごいのは当たり前で、そのすごい人が自分と血が繋がってるなんてね、嬉しいんですよ。って希望をね、抱いていられますから。

 だからね、俺が年取ってからは微妙でした。

 俺も優秀だったら、同じくらいにできたんなら、変わらずにいられたかもしれませんけど。駄目なんですよね、俺。精々成績が人並みってぐらいで、あとは全負け。また母も従兄を引き合いに出すんですよね、ほら、甥っ子ですから。母と血は繋がってますからね。同族カウントで、自慢の甥っ子なんですよ。それがまた、嫌でしたね。何やってもどうやっても従兄の方が上手くやったって言われる。顔が悪いことまで言われたらね、俺としてはもうどうしようもないです。あいつ殺すしかないなあぐらいしかね、思いつきませんよ。出来が悪いから。

 そういうこと考えても、表には出しませんよ。叱られますし。だから俺がスマホ持ったタイミングで連絡先交換してますしね。ずっと友だちみたいなやりとりしてますよ。向こうから、従兄からすれば俺はずっと変わってない訳ですから──ずっと、ずっと『出来の悪い年下の親戚』です。じゃあ、まあ、優しくしてくれますよ。いい人ですから。自分より下の相手に優しくすることなんか、あの人には当たり前でしょうから。

 だからたまにむちゃくちゃ腹立ちますけど、そんなん言っても俺が怒られるだけです。仕方ないですよね。非があるの、俺ですから。


 そういう完璧な従兄なんですけど、変な癖があるんですよ。欠点っていう程のもんじゃないです。その──趣味が悪いんですよ。


 オカルト趣味、っていうか。心霊スポットとかばんばん行くし、こう、呪いの儀式とかどんどん試しちゃうし、変な開運アイテムとかばんばか買っちゃう。そんな感じのね、悪趣味です。


 小学校の六年生ぐらいからですかね。ちょうどほら、学校の怪談ブームみたいなやつがあった頃です。その頃に、学校の図書館でその手の本を読んでハマっちゃったみたいで。そこからまっしぐらです。家で個人PCあったから、そこで怖い話のサイトとか巡ったりもしてたそうです。馬鹿じゃないかって思うでしょうけど、馬鹿じゃないんですよね。さっきも言いましたけど、勉強できるんですよ。ずっと学年で五位以内。

 義務教育の頃はまだよかったんですよ。学校の怪談試すぐらいでしたから。それが高校生になったらほら、塾とか小遣いなんかで行動範囲も広がりますよね。そんで首尾よく大学受かって、一人暮らし始めたらまあ、好き放題ですよね。自由ですもん。

 そろそろ予想つきますよね。そうやって、色々やらかすわけです。廃病院探検に行ったり、幽霊屋敷の真ん前まで行ってきたり、幽霊トンネルに行ってクラクション三回鳴らしてみたり。

 そういうことをすればどうなるかっていったら、まあ、あれですよね。そういうことをすると、祟られる。


 そんでまあ……祟り、というか。結果とかが全部俺に来るんですよ。何でかって言われたら知りません。知りませんけど、そうなってます。ね?


 根拠あるんですよ。

 日付。やらかして一週間後、来ます。調べて気づきました。

 右手首のやつは、従兄が高校二年の夏季講習に参加したときです。そこの校舎に開かずのトイレがあって、浪人生が薬飲んで手首切って首吊って死んだっていういわくつき。そこに友達手下とつるんでいって、使用禁止の張り紙の前で写真撮ったんですよ。データ送ってきて、その日付が八月七日。俺の手首がむちゃくちゃに痛んで爛れたのが、お盆の真っ最中──八月十四日でした。医者が開いてなくって、応急処置みたいなのしかしてもらえなかったんですよ。親に怒られましたね、この忙しい時期にこんなことしてって。

 左手も同じパターンです。冬期講習で、帰り道に寄ったコンビニ近くの駐車場で人が死んだって噂の場所があったんで、そこで写真。律義に報告してきたのが、十二月の二十七日。俺の手が腫れ上がって膿んだのが一月三日。正月だったんで、やっぱりむちゃくちゃ怒られました。従兄みたいに真面目に生きろって。ねえ。

 そんでまあ、二回目ですからね。何となく疑いました。そんでまあ、三回目があって──どこの傷かは言いませんけど──どうもそうっぽいな、って仮説ができました。数集めないと検証のしようもないですからね。だからまあ、三回。そこからは法則みたいなものを見つければいいだけですから。数学もそんな感じですよね、数列とか。

 俺の場合はほら、従兄がやらかすたびに報告してくれてましたから。機械、勝手に日付を残してくれるんで。馬鹿でも分かるに決まってますよね。


 たまにね、傷以外もやられるんですよ。家で動画見てたら金縛られて、ずーっとべたべた背中を触られるとか。ずっと玄関のドアが叩かれてるのに、俺以外誰も気づいてないとか。

 声が聞こえたことは──一回だけあります。確か従兄が彼女と別れたときですね。縁切り神社行った話をされましたから。お土産に悪縁切の御守り貰いました。効果、どうなんですかね。まだ従兄生きてますから、よく分かんないです。


 どうしてかなんてのは俺が知りたいですよ。分かんないんですもん何にも。


 規則性は分かりましたよ。でも、。何で従兄のやらかしたことを俺が引き受けないといけないのか、全然分からない。血が繋がってるったって微妙でしょう。もっと濃い方が身代わりになるもんでしょう。似てるとかならまだ分かりますけど、そんなことあるわけない。顔も中身も性能も、俺なんかが従兄の代わりになるわけないんです。


 だからまあ、いいんです。どっちかっていうと、俺は従兄が許せませんから。幽霊も心霊もどうでもいい。俺にとって大事なのは『これが従兄のせいなんだ』ってことだけです。


 俺は覚えてるんですよ。こんだけ痛い目に遭ってますしね。怖いもん見たら大騒ぎするし、そんなもん忘れられるわけがない。

 なのに従兄、実行犯のくせして大体忘れてるんですよ。俺が聞いた時だって、俺そんなことしたっけ? とか言うんですよ。信じられますか。あいつは毎日忙しくてやることがあって昔のことや些細な楽しみのことなんか覚えてられないのかもしれませんけど、その程度だって言うんですよ。俺はこんなことになってるのに。


 やったことよりされたことは忘れないんですよね、人間。だから、俺は忘れません。絶対に、やり返すまでは。

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