　今でも新鮮にムカつくからね。忘れようにも忌々しい。あんなのと関わったのがほんと汚点だけど、そんなもんを一瞬でもいいなって思った自分も許せないしつまり全部イラつくしムカつくし腹立つわけ。

　何がですかって彼氏の話。元だけどね。……安心してよ。ただ元カレの話愚痴りに来たわけじゃないから。ちゃんと田津くんから主旨は聞いてる。元カレの話だし、その、怪談話でもあるから。

　そうだね、櫛田くんみたいな真似したやつって言ったら分かる？

　そういうこと。あれでしょ、稲谷くんって櫛田くんのあれこれでこういうことしてるんでしょ？　だから話しといた方がいいかなって思ったっていうか……参考になるかどうかは分かんないけど、サンプルくらいにはなるでしょ。多分元カレの方が人間的にはクズいけどさ。櫛田くん、悪い人じゃなかったもんね。いや、大学生としては参考にしちゃいけない種類の人間だったけどさ。単位取れてんのかってくらいにサー室にいたしね。別に櫛田くんが好きなように好きなことやっても別にいいとは思うんだよ彼の人生だったから。けど、あれを真似すると人生の難易度上がっちゃうと思うんだよね。失敗は何度でもやり直せるみたいなこと聞くけど、限度があるじゃん。その人の手に負えなくなったらどうしようもないじゃない。

　まあ、そんな感じ。つまり自分の手に負える範囲で色々やった方がいいよってこと。そこ結論だって分かっといて。そんで話聞いて。そうすればギリギリ愚痴じゃないと思うから。多分ね。

　元カレね、年上。

　思い出すと腹立つから、色んなこと言いたくないってのはあるけど……そもそも細かい年齢、知らないんだよね。三十ちょい超えか手前くらいだと思う。私が二年のときに、OBだって飲み会に顔ちょいちょい出してたから、面識があった。毎回会計の度にOBだからってちょっと多く出してくれてさ。私も飲み会嫌いな方じゃないし、二次会三次会まで付き合ってくれたから、自然と会う頻度は多かったっていうか。飲み会以外でもほら、うちのサークル結構外部企画立てて出かけるじゃん？　四五人くらいで企画出して、例会で報告してるでしょ。あれでまあ、博物館とかプラネタリウムとか、そういうのでも結構同行しててね。車出してくれたり、色々ね。気の付くいい人だなって思ってたよ。ノリも明るくて、場ぁ盛り上げんのも上手くてさ。

　そんでまあ、秋の学祭のときにね、出し物の片付けのときに告白されて……お付き合いしてたんだよね。

　付き合ってた間、上手くやってたときのどうこうは省くよ。ノロケ聞いても面白くないだろうし、話してても腹立ってくるから。この手のやつ、他人への嫌悪と自分への憎悪がくるからただただムカつくんだよね。本当嫌だ。

　付き合い始めてから、半年ぐらいだったかな。梅雨のあたまぐらいだったと思う。夏に入る前の、春の割には嫌になるくらい寒かったり、鬱陶しいくらいに暑かったりしてた時期。クーラー入れると寒いから、わざわざ薄めの上着引っ張り出してきたりしてさ、そういうなんか気持ち悪い時期。暑いのに寒いからって上着着るの、冷静に考えて錯乱してるとしか思えないよね。でもクーラーってそういう冷え方するじゃん。文明の利器のくせにさ。加減がきかないっていうか。

　私三年生だったから、就活とか卒論とかその辺で結構忙しかったんだよね。いや、真面目な方よ私。だから今、こうやって君と雑談するくらいの余裕があるわけだし。田津くんとか杉宮さんとかどうかは知らないけど。知らないけど。人の状況なんて気にすんのもあれだしね。品がない。

　で、彼氏のことちょっと放っといてたんだよね。

　冷めてたかどうかって言われると微妙なとこだけど。そもそも私、そんな積極的に人と会ったり出かけたりしたいタイプじゃないんだよね。飲み会はほら、大学行ってサークル会顔出してそのまま夕飯も兼ねて、みたいな感じでおまけで処理できるから好きなんだけど。あとはまあ、人といるのがそんなに好きじゃないっていうかさ。休みの日にまで誰かといたくないんだよね。

　だけど彼氏はアウトドア派っていうか、やたらどっか出かけたがる人ではあったから。社会人の癖に毎週出かけないかとかことあるごとに旅行しないかとか言い出す系の人。旅行とかダルいから嫌だって言ったら、じゃあ日帰りにしようって言ってきたの今でも忘れてない。何がじゃあだよ。そもそも外出んのが嫌だって言うのにさ。

　そういうのもあって、うっすら嫌になってたかもしんない。でもまあ、あれじゃん。生き方の問題だから、すれ違う前に話した方がいいなくらいには思ってたよ。それくらいにはその、好きではあったから。どうしようもなくって分かり合えなかったらほら、捨てるのはお互いに早い方がいいからね。

　土曜の夜だった。風呂上って動画見ながらアイス食べてた時だったかな。九時は過ぎてたと思う。着信入ったんだよね。

　名前、彼氏の名前だった。何だろう飲みの誘いだったら面倒だなとか思ったけど、ここで無視したら後日もっと面倒なことになるのが分かってたからさ。出たの。

『お前出るの遅いんだよ！』

　第一声で怒鳴られてね、よっぽど即切りしてやろうかと思った。そしたら向こうも気づいたらしくて、ごめんごめんって謝ってきた。

　その声が──必死でさ。なんか駄目なことやったなこいつって、気づいた。

　とりあえず、ヤクザとかそういうのかって聞いた。ほら、巻き込まれるの嫌じゃん。昔大学の授業で見たしね、ヤクザ映画。ドア開けた途端に殴られたりするでしょ？　痛いの苦手だしね。人のとばっちりで痛い目を見るとか、人生において最悪じゃん。

　彼氏、ヤクザじゃないって答えた。分かんないなんだあれ、って何回も言ってた。

　心霊スポットに行ってきたんだって。知り合いと飲んでて盛り上がって、じゃあ近くの……バラバラの家だっけか。そういうふざけた名前の家行って、ヤバいものを見た。

　どうにか逃げ出して、そんときに知り合いとははぐれてて、ひとり。夜遅いしまだ家まで遠いから、私に電話したんだって。ヤバかった関わっちゃいけなかっためちゃくちゃ後悔してるったって、そんなん言われても知らないって思った。

　家に来たいとか言うから、まずそこは断った。嫌だもん。

　じゃあせめて家帰るまでは通話切らないでくれっていうから、そこは分かったって答えた。嫌だったけどね。ブチ切らないくらいには、ほら。彼氏だったから。その時点では。

　で、繋いでた電話。ずっとね、聞こえてくるものがおかしかった。

　彼氏の泣き言的にさ、状況はなんとなく分かったんだよ。逃げてるうちに一人になって夜だから周囲も無人でとにかく不安になるみたいな感じ。それに耐えらんなくて、彼女に電話掛けてきてる。予想はつくじゃん。

　それなのに、聞こえてくるんだよね。めちゃくちゃうるさいものがさ、たくさん。

　ばたばたばたってちゃちい太鼓みたいな音とか、全力の歯軋りを町内放送で流したみたいな音とか。背後でひいひい悲鳴とか、工事現場みたいな金属音なんかもしてた。

　でも彼氏、そんなの聞こえないみたいに泣き言ずっと言ってんの。行かなきゃよかった見ちゃったあんなもんいるわけねえじゃんってだらだらずっと喚いてるのに、わざとらしいくらいに背景の音に関わる内容は全然ないの。

　その泣き声も、妙にはっきり聞こえて気持ち悪かった。ほら、最近の刑事ドラマでさ、リアル感なのかなんなのか知らないけど、環境音の音量に合わせると人間の台詞が聞こえないじゃん。あれがね、全然ないっていうか……なんだろうな、互いに干渉してない？　みたいな聞こえ方。嫌になるくらいBGMも聞こえるし、ウザいくらいに泣き声も聞こえる。そういうのがまとめて、気持ち悪かった。最悪だったな。）

　オチね。別れた。

　生きて帰ってきたよ。正気を失ってた、とかそんなんもなかったけどね。久々に会ってから何やかんやからお祓いデートいかない？　とか言い出したから呆れたよね。失う前からまともじゃないじゃない、そんなこと言えるやつ。あとこれは後出しだけど、そもそもまともな人間は心霊スポットとか行かないもの。成人してまでそんなことして暇潰れるって思ってるのがさ、もう嫌だった。そしたら全部無理だってとこにいくらでも気づいちゃって、ああこれは駄目だなって。連絡総ブロックした。話し合ってどうにかなる気もしなかったしね。違うもの根本が。