伝統風学校怪談の話(田坂・大学一年・男性:地)

 怪談とか怖い話とか霊感とか流行る時期ってありますよね。そこでどうハマるか、で趣味みたいなもんが決定する感ありません?


 いや、稲谷さんのことを悪く言いたい訳ではないです。ところで敬語で大丈夫ですよね? 年上、ちゃんと礼儀とか決めとかないと駄目じゃないですか。俺がやらかすと、ほら。川野にも迷惑かかりますから。自分の都合で人に迷惑かけるのって、よくないじゃないですか。行儀が。人としてどうかと思いますもん俺。


 あ、そうですね。話始めた方がいいですね。済みません、確認とかちゃんと取らないといけないなって、俺の癖なんです。

 で、俺の体感としては小学校で一回、中学校の二年生で一回、高校で満遍なくって印象があるんですよね。中学のは別枠のも混ざってる気がしますけど、そっちは今回なしで。普通の趣味としての怪談好き、の方です。


 中学校のとき、学級文庫がおかしかったんですよ。

 二年生のときですね。担任国語の先生だったんですけど、なんか趣味が偏ってて。串刺しの女に金貢いで破滅してく話とか、廃棄場育ちの少年が片腕ぶっちぎられる本とか、同僚に誘われて行った店の美少年が指とか足とか切られる話とか。普通の児童文学に混ざってそんな本ばっか置いてあったんですよ。あと学者の先生が妖怪に遭遇してギャーってなる話とか、くすぐられて死んだ子が死体になっても腹撫でると笑うとか。学級文庫だと漫画も可ですからね。抜け道を教師が活用してるってのもどうかと思いますけど。

 そんなんばっか読んでたんで、みんな何となく怪談への耐性とか興味は持ってましたね。中学の頃って、朝読書とかで何だかんだで本読まされるじゃないですか。その辺で軒並み手ぇ出してたというか。俺も含めて素直な連中だったんですよね。あとノリが良かった。馬鹿の割合は微妙なところです。俺は学年平均ぐらいだったけど、俺の前の席のやつは学年五位内にはいつも入ってたし。

 そうやってクラスまるごとうっすら怪談好き、みたいな感じだったのに、うちの学校、怪談なかったんですよ。俺らが入学する数年前にどっかの中学と統合して建てた新校舎だったんで、まあどこもかしこも新品のぴかぴかだったんですね。


 でまあ、つまらないなと。学校の怪談っておもしろそうなのに俺たちのとこには怪談ないじゃんと。

 じゃあ俺たちがオリジナルで学校の怪談の初代になろうぜってね、そういうことになったんです。


 学校の怪談ですからね、まずは七不思議作りましたよ。初手は王道からみたいな、そんな感じで。誰言い出したかは分かんないですけど、納得いきますよね。とりあえず基本押さえとこうみたいな感じですから。みんな昼休みや放課後なんかの暇な時間とかに集まって、ああでもないこうでもないってネタ出してこちゃこちゃやってました。その辺をまとめて総合学習時間で『学校の七不思議研究』とかきちんと形にしたりして。全部古くから伝わったみたいなていで書いたんで、伝承のー、とか調べ学習がどうとかのやつで押し切りました。全部俺たちが作ったんですけどね。文章書くの得意なやつとデザインのセンスがあるやつに任せたら、それっぽくできてたんで面白かったです。嘘なんですけど、ちゃんと……そうですね、リアリティある仕上がり、みたいになって。変な表現ですけど、上手な嘘が作れたなって、満足感があった。


 そんときのネタ出しが楽しかったんで、こういうの度々やりたいねって話になったんですね。じゃあやろうかって委員長とかクラスで人気あったやつが率先して声掛けて、怪談大会みたいなことをするようになったんです。

 テーマトーク? みたいなもんですけどね。月二回で、こういうの怖いよねって大喜利みたいな真似して、ネタ出して投票して評価で勝敗を競うんです。優勝したやつは特に賞品とか出ないんですけど、名誉は得られましたね。めっちゃすげーって言ってもらえる。


 一人ね、やたら上手いやつがいたんですよ。鎌田ってやつ。部活は陸上部で、あー……家が駅の近くにあった。何でそんなこと知ってるんだって一回たまたま一緒に帰ったんですよ。酔っ払いが日本刀持って出歩いてたって集団下校になった時に、方向一緒だなってまとめられて。

 そいつがすごかったんですよ。とりあえず初回から三連覇して、殿堂入り扱いになりました。

 すごいんですよ。ぽんぽんあったような話をしてくる。怖いかどうかでいったら微妙なところなんですけど、現実感がむちゃくちゃある話をするんですね。

 みんな中学生なんで、シンプルにやりがちだったんですよ。苛められて首吊った子がー、とか交通事故で死んだ血まみれの子がー、とかより安直だと霊感のある子がうんぬんみたいなやつ。基本血みどろだし目玉飛び出てるし背中の皮とか剥がしにくる。あとすごい霊能力者とか来る。漫画ですよね、元ネタが。仕方ないですけど。

 鎌田の怪談、ちょっと種類が違いました。

 人によっては全然怖くないかもしれないけど、こう……なんだか分からないけど怖いものを作るのが上手かったんですよ。

 終業式の日に体育館倉庫に行くと古い流行歌の替え歌が聞こえるとか、プールで潜水してるときだけ四番コースの底に見える革靴とか、図書館であるラノベのシリーズの三巻を読むと一週間以内に肉叩きって言葉をやたら聞く日を経験することになるとか、そういうやつです。

 血とか死人は出てないのに、何だか嫌だみたいな話ですよね。あと、誰でも体験できそうな感じ。いや、ここは微妙なところですよね。より危ないってことですから。


 そうやって鎌田が殿堂入りしたりしながら、怪談大会続いてたんですよ。秋口くらいには飽きて離脱したやつもいましたけど、残ったやつらは結構本気になってて。血みどろ系のやつも面白い話作ってました。血まみれの子供が各教室のベランダでラジオ体操してるっての、俺好きでしたよ。絵面が単純に気持ち悪いじゃないですか、血まみれで。嫌でしょ、自分ちのベランダにそういうの立ってたら。じゃあ学校だって嫌ですよ。


 秋の終わりかけの頃だったかな。だいぶ日が短くなってきた頃だったと思います。下校時刻が三十分ぐらい繰り上げになる時期ですね。だから巻きでやってたんですよ、怪談大会。慣れたもんで進行とかもさくさく進んで、エントリーしてたやつの発表が終わったんですね。

 で、感想戦っていうか、質疑応答取ってたんですよ。分かりにくいとこなかったかとか、ネタ被ってたりしないかみたいなやつ。基本質問とか出ることないんで、一応の確認みたいなものだったんですけど。


 一人、手上げました。白原ってやつで、一年生に弟がいる。


 そいつが言い出したんですよ。最近下級生の間で噂になってる話があるって。

 美術室の近く、職員玄関近くの薄暗いとこ。そこに来賓用のトイレがあるんですよね。生徒も使っていいことになってるけど、立地がアレなんで滅多に使う人がいない。

 そこのトイレに土曜日に入ると、たまに戸が閉まってることがあるんだそうです。で、珍しいなあって思ってると、がらがらがらってトイレットペーパーの音がし始める。まあ、しますよね。トイレですから。

 ただその音がずっと止まない。がらがらがらがら、一巻き二巻きじゃ明らかに済まない量を引き出している音が、ずっと続くんです。

 大体の人間は途中で逃げます。でも、逃げずに待っていると、音が止まるんです。そうすると、今度は水を流す音がする。こうなったらもうヤバい。どうにかして逃げないと、助からない。

 だって、後始末が済んだら、

 ──お察しかと思いますけど、この間の怪談大会で鎌田が話したやつでした。殿堂入りしてるんで別枠でしたけど、みんな受けてたやつ。


 けど、困ったのは──そいつの、白原の弟が体験したって言うんですよ。


 疑いますよ。一番ありがちなやつじゃないですか、自分じゃないけど身内が経験した、みたいなの。嘘の鉄板ですよね。友だちの友だちとか、お姉ちゃんの友だちの従兄の兄の義弟みたいな。なんかそれっぽい名前ありましたよね。

 けど、白原そいつだってそんなこと分かってるんですよ。ずっと怪談大会出てるやつでしたし、そんなに馬鹿な方でもない。

 そんなベタなネタ投げたら、そんな分かり易い嘘ついたら絶対馬鹿にされるって、分かんないはずがないんですよ。

 でも白原はそれを、その危険性を分かってて、それでもその話をしたんです。

 困りましたよ。疑えるわけがないじゃないですか。っていうか、ヤベえじゃないですか。

 困ったまま、俺たち鎌田を見ました。どうすればいいか分かんなかったんで。

 鎌田、俺たちをゆっくり眺めてから、白原の方を見て頷きました。


「大成功じゃん」


 白原、真っ白な顔で座り込みました。俺たちも黙りました。

 鎌田はいつもと同じ様子でした。大きい目でじっと白原を見て、少し首を傾げてました。

 そんとき分かったんですけど、鎌田、微妙に勘違いしてたんですよ。

 俺たちは、怪談を、嘘を話して盛り上がりたいって思ってたんです。七不思議のときからそうでした。何にもなくってつまらないから、嘘でもいいから面白いものを作ろうと。俺たちはそう考えてました。。


 鎌田はそれだけじゃなくて、嘘の怪談を本当にしたかったんです。


 うちの学校に怪談がないから、つまらないから──嘘を作って、流行らせて。本物にしてしまおうと。みんなそれをやりたかったんだと、そう思ってたんです。

 それ聞いたとき、俺、納得しました。そりゃあ血だらけにしないわけですよ。雑に死人を持ってこないわけですよ。だって調べられたら分かっちゃいますもんね。嘘だって。あいつはずっとブレてなかったんです。


 その後ですか?

 怪談大会は、なんとなく立ち消えになりました。冬ぐらいかな、何人かはぽつぽつやってたけど、大々的にやるようなことはもうなかったです。なんとなく怖気づいたっていうか、そんな感じで。表立ってどうこうってのはなかったですよ。穏便に自然消滅しました。鎌田も白原も、普通にクラスメイトしてました。一緒にゲームしたり、漫画貸し借りしたり。だって誰も悪くないですからね。まあ、鎌田はもうちょっと話を聞いた方が良かったかもしれませんけど、明確に話さなかったのは俺たちもですし。暗黙の了解に頼ったのが悪いやつですよ、きっと。


 あ。──七不思議がどうなったのかは、知らないです。どうだろうな。たぶんちゃんと創作だって分かるはずなんですよ。明記はしてませんけど。大丈夫ですよ、きっと。分かりますって。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る