廊下の話(北沢先輩・大学三年・女性:外)
怖い話っていうか、感想に近いんだけど。いい?
しょうがないじゃん、私霊感とかそういうのないしさ。田津先輩から頼まれたから頑張って思い出したんだよ。稲田君がそういう話集めてるから協力してやってくれって聞いて……あ、本当なんだ。いや、田津先輩を疑ってたわけじゃないんだけど、
で、私の話なんだけど。人に話せる怪談っぽいやつとしては、まあこれくらいかなって感じのやつ。有っただけすごいと思わない? ないじゃん、動画とか映画みたいな体験ってさ、普通に生きてたら。行かないもん心霊スポットとか。精々学校の怪談ぐらいだと思うんだよね、そういうのを経験する機会があるとしたらさ。
そういうわけで、中学のときの話。私県外組だから、ここの土地の話じゃないよ。だから安心して聞けるんじゃない? よその土地の馬鹿な話だよ。安全。
とにかく古くておっきい校舎だったんだよね、中学校。その辺りの子供がまとめて通ってたから、このご時世でも一学年でも四クラスとかあるし、それでも昔の名残で空き教室がごろごろあるし敷地は広いしっていう有様だった。今時二宮金次郎像もあるし、焼却炉だってあるんだよ。さすがに使ってないけどさ。
だからっていうのもなんだけど、伝統みたいな怖い話はそこそこあったよ。玄関前に植わってる銀杏の樹で首吊ってる着物の女が出るとか、創立記念日の真夜中に校庭のトラックの真ん中で坊主が念仏唱えてるとか。
分かるよ、言いたいこと。怪談がちょっと古いんだよね。花子さんだって今だとちょっと古典なのに、それどころか着物女に念仏坊主だからね。学生棟の階段をうろつく学生っていうのも聞いたことあるけど、それ格好が学ランと学帽だから。しかも血まみれで、目が合うと追っかけてくるとかそういうやつ。今その手のやつって少ないじゃん。流行に乗れてないんだよ、田舎だからさ。
んで、そういう微妙な怪談がいっぱいある中で、一つ地味なのがあったんだ。
特別棟の三階廊下、雨の夕方に通りがかると、通路の真ん中に立っている人がいる。学校指定のジャージで、背を向けているから顔も性別も分からない。そんな人が、こちらに来るでもなく去るでもなく、ただ黙って立っている。
それだけ。血まみれとか骨見えとかもなくってジャージ。しかも見たら呪われるとか死ぬとかそういうのもなくって、本当にそれだけで話が終わるの。声を掛けたらとか顔を見たらとかも一切なし。地味通り越して意味分かんないでしょ。出るっていう廊下もデカい窓が左右についてて明るいし、雰囲気も全然怖くないんだよ。春なんか中庭の桜が綺麗に見えるから、校内新聞のお花見スポットみたいなのに取り上げられたりしてた。ますます怪談から遠くなってくでしょ。そんくらい影の薄い話だった。
だからまあ、試した子がいたんだよ。私が一年のときにね。
先にオチ言っちゃうと、怪我人が出た。朝礼とか集会とかはなかったけど、学校だからさ……噂は回ってきたよね。
その子たち、三人組で行ったんだって。その日雨降ってて、部活か何かでちょっと遅くなって、そういや棒立ちお化けってこういう日に出るよねって言い出したやつがいてさ。そんで盛り上がった三人でとりあえず見に行ってみよう、って廊下に行ったら、いた。暗い窓に囲まれた廊下の真ん中、ぬっとジャージの背を向けて突っ立ってた。
そこで怖がって逃げればよかったのに、なまじ人数がいたからね。一人だったら逃げてたかもしれないけど、三人いたから。
誰も見たことのない、正面の顔を見てやろうってね。そんなことを思いついて、まあ、やったんだよ。
言い出しっぺの子が一人、そいつの正面に回った。
で──その子は逃げて、追っかけられて、足滑らせて階段から落ちた。それでおしまい。死ななかったけど、足が折れた。
二人が先生を呼んで、近場の病院に運んだり、事情を聞いたりしたとかも経過ではあったけどね。そこはどうでもいいことだから。馬鹿がスライディングでガラス戸に頭から飛び込んだときだって同じ対応だったからね。ただまあ、そのときは全校集会があったけど。『みなさんも気をつけてください』ったって、普通の奴は気をつけるまでもなくそんな馬鹿はしないから意味ないよねってみんな笑ってた。
追っかけられて階段から落ちた子、しばらく松葉杖使ってた……かな? あんまり覚えてないんだ、気づいたら見なくなってたから。
どうなったのかは聞いてない。だって全校生徒で四百人以上いるからね、同学年でもなければ地区も違う子なんて覚えてらんないよ。誰も噂してなかったからね。
その子はいなくなったけど、噂はずっと残ってた。けど、変わってった。
棒立ちお化け、ただ廊下の真ん中で突っ立ってるだけだった。最初はそれだけだったんだよ。ぼんやり突っ立ってて、追っかけてくるとかそういうのもなかったはず。
なのに、その子がいなくなって、私が二年生になった頃には話が変わってた。顔を見ると追いかけられて、階段から突き落とされる──ね、ちょっと違うでしょう。顔がどうこうなんて話はなかったし、そもそも足折れた子だって突き落とされたとは言ってなかった。階段からは落ちてるけどね。でも、それだけだもの。
そうして、どんどん話は変わっていった。顔を見なくても、その姿を見ただけで追いかけてくる。追いかけられて捕まると、そのまま階段から投げ落とされる。通り魔だよね、そんなの。プロレスの
素性も色々言われてたな。いじめで服隠されて自殺した子だとか、病気で学校に来られなかった子が死んでから彷徨っているとか、本当は生徒でも子供でもなくってただよくないものだとか。それだってこう、陳腐じゃん。
どこかで聞いたことがあるような話が、そうやってどろどろ混ざっていった。棒立ちお化けはどんどん恐ろしくて、理不尽で、凶悪になっていった。実際の犠牲者が出たのかは──知らないけど。馬鹿多かったから、ちょいちょい病院行きになるやつはいたからさ。その中にいたのかもしれないし、本当は一人もいなかったのかもしれない。けど、何人かは『そうだ』って言われてた。真偽なんて知らないよ。怪我人も病人も、軒並み祟られたみたいな噂が立つくらいだったから──あ、ガラス戸に突っ込んだやつは二年の秋ごろ車に跳ねられてた。登校中にね。一ヶ月経ったら復帰してきた。さすがにこれは誰も祟りだとは言わなかった。本物の馬鹿だよ。
卒業する頃には、雨の日はそこの廊下に近づけなくなってた。別に先生が何か言ったわけじゃないよ。そいつがぐるぐる歩き回っていて、目が合うと駆け寄って襲ってくるって言われてた。笑いながら、友達みたいに手を振りながら、長い腕を伸ばしてこっちを捕まえにくるって。もう別物だよね。それだけ噂が広まっても、服装だけはジャージのままだったな。興味なかったのかね、みんな。窓から目が合うといけないって話も出てたっけ……これはね、実害が出た。窓に段ボール貼られたからね。お日様も入らなくなったし、桜も見られなくなった。
卒業式の日に、見に行ったんだよね。ううん、廊下の中じゃなくって、外から。当たり前だけど窓には段ボールがべったり張られてて、何にも見えなかった。そもそも晴れてたから、なかったところで同じだったろうけど。どうだろ。そこでジャージの袖でも見えたら、またきっと違う噂ができたかもしれないけどね。
何だったんですかねって言われてもね。
感想っていうか──推測とか憶測とか、妄想みたいなものになっていいなら、考えてることはね、あるよ。
その気になっちゃったんだと思うんだよね。
棒立ちお化けからしたらさ、自分としては普通にやってたわけよ。出る場所と時間帯だけ決めて、ただぼーっと突っ立ってた。学校の怪談みたいな噂でも、それ以上のことは何も言ってなかった。
それがいきなり表舞台に引きずり出されたわけよ。あいつの仕業だ、みたいなことを言われてさ。怪我人出ちゃったから、尚更。話の種にする分には、要素は多くて派手にした方が面白いでしょう。だからみんな、地味なお化けに色んなものをくっつけてったんだよ。そうしないと面白くないから。
あれだよ、ちょっと薄暗い雰囲気ってだけのただのイケメンが、友達とか知り合いとかから女殴りそうだよねって言われ続けたら、本当に女殴るようになってたみたいなやつ。他人からの見る目とか、風評とかに本物が影響を受けちゃうっていう……主客転倒っていうか、本末転倒っていうか。何て言えばいいんだろうな、軒を貸して母屋を取られる、みたいな話。
気をつけないといけないよ、私も君もさ。する側にもされる側にも簡単になれちゃうから。面倒でしょう。そういう話だと思うんだよね、これ。
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