手紙

列車の中から男は健人の様子を見ていた。健人が沙羅と幸せそうに過ごしているのに彼は十分満足していた。また、彼は自分自身にも満足していた。何十年もこうして人を地球に送り返すことをしてきたが、そんな彼にも一つの望みがあった。

ーーどうしてももう一度、人の手の温もりが欲しい

最後の最後にその夢がようやく叶った。これで心置きなく「その時」を迎えることが出来る。


男はロビーカーの椅子に腰掛け、三十年間大切に持ち続けているカバンから紙と鉛筆を取り出した。


「 健人さんへ


 自分が既に死んでいることが、嘘であることが分かってしまうので、今まで別れの握手をしたことはありませんでした。しかし、本当の最期を迎えるにあたって、どうしてもその温もりが欲しくなってしまったのです。ありがとう、これで心置きなく 天の国で過ごすことができます。

 さてあなたの心遣いを蔑ろにするわけにもいかないので、長くなってしまいますが貴方にだけは私の全てを話そうと思います。意外に思われるかと思いますが、私は高校時代 共に東大出身である親から東大進学を命じられ、日々受験勉強をしておりました。学部 については特に何も言われていなかったので 入学出来たなら、好きな天文学を学ぶつもりでした。しかし 全く受かることが出来ず三浪目を失敗し、その後は暫く家には帰らず、夜行に乗って一人旅をしました。それでも家が恋しくなってしまい、我が家の呼び鈴を鳴らしました。しかし、玄関を開けた父親が私に「お前なんか、帰ってこなければ良かったのに。恥さらしが」 と言い、そして玄関を閉めてしまったのです。私は彷徨い、歩きました。そして公園でぼんやりと座っていた時、この列車が現れたのです。その日以来私はこの列車に乗っています。お分かりですか。 私には私の帰りを待ってくれる人がいないのです。だからこうして列車の旅を続けている。 それはそれは長い旅でした。この列車の青い塗装もすっかり削り取られて鈍い銀色になってしまいました。そして今、終わりを迎えようとしています。老朽化が激しいこの列車は遂に壊れてしまうのです。私は幸せです。大好きな宇宙で最後を過ごせること、そして世界に一人でも、私のことを気にかけ、慕い、覚えていてくれる人がいること。

 本当にありがとうございます。

 今晩10時 夜空を見上げてみてください。    どうか私の最後の姿を見届けてください」


次に目を覚ましたとき、枕元に置かれていた手紙を読み終えた健人は、ようやく気付くことが出来た。

ーーそうだったのか。あの男は、あの男が乗っていた列車は…


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