帰宅

「 奥様によろしく伝えて頂くわけにもいきませんが、 どうか素敵な人生を送ってください」

「本当にありがとうございました」

健人は深々と頭を下げた。

「これだけが私に出来ることですから、どうか幸せに過ごしてください」

「はい」

「二度と来てはいけませんよ」

そう言って笑った男の顔にほんの少しの寂しさが混じっていた。

「…あなたの名前を聞いていませんでした」

「…ハリー、とでも言っておきましょう」

健人は笑い、そしてまた涙目になる。

「ハリーさん…」

「さあほら!あなたの新しい出発です。笑ってください」

そう言って、男は列車の汽笛を鳴らした。健人は顔を輝かせ、男もまた微笑み返した。


男は少し考えて、健人に手を差しだし、健人もまたその手を握り返した。健人はその手に確かな生のエネルギーを感じた。


健人が握っていた手を放すと、にわかに車内が眩い光に包まれた。 

ーーあの駅に戻るんだ

健人はまた同じように目を瞑った。


次に目を開けたとき聴こえてきたのは、公園の近くを走る八高線の最終電車の警笛音だった。

すぐに我が家に向かって走り始める。一刻も早く妻に会うことを考えていた。だが同時に、あの男の手の温もりについて考えずにはいられなかった。

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