第3話 僕は誰、ここはどこ? 2
「ち、が――う!! わしは、この近くの村に住んどるドルガという狩人じゃ!」
「ドルガさん?」
「そうじゃ!」
「熊のドルガさん?」
「狩人のドルガじゃい! おまえさん、わざと分からんふりしとらんか?」
「・・・・人間の・方、ですか?」
「さっきからそう言っとるじゃろ!」
「・・すみません。気が動転していました」
僕は丁寧に謝罪した。
でも、今見ても熊にしか見えないぞ。
もともと毛深い体質なんだろうか?
手の甲にも毛が生えているし、顔なんか髭が覆い繁って肌の面積の方が少ない。
それに、着ているものが熊の毛皮なんだから見間違っても仕方ないよね、これわ。
「本当にすみません。でも、今こうして見ても熊にしか見えませんよ?」
「はあ、まあな。職業上、獣の姿に見えた方が良いからの」
確かに、狩人ならそうなのか。
「ところでお前さん、頭、怪我しとるようだの。それに着ている布の様な服もボロボロのようじゃが大丈夫か?」
「え? 服? あ、本当だ。ボロボロ」
「怪我もそうじゃが、身体の方は大丈夫か?」
僕はびっくりして自分の身体を良く見直す。
・・・・頭以外は・・・怪我はしてない、よな?
僕は自分の身体をペタペタと触って今一度確認してみる。
パンツ履いてない、布きれ一枚だけみたいだ。
でもこの布、ボロボロだけど生地自体はとても綺麗だ。
まじまじと自分が羽織っている生地を見る。
何かが頭に浮かんで来そうなんだけど、はっきりと思い出せない。
やっぱり頭の傷が原因なんだろうか?
「お前さん、大丈夫か?」
「え? は、はい。大丈夫です。何か思い出せそうな気がしたんですけど駄目みたいでした」
ドルガさんは、やれやれといった感じで肩を竦めながら僕を一通り観察するように眺める。
「それにしても、よく生きていたもんだ。普通なら死んでるぜ? この辺は大型の獣も多いし、魔獣だって居るんだぞ? 運が良いで片付けるレベルじゃないぞ?」
呆れ気味に話すドルガさんの顔は笑っていなかった。
生きてドルガさんに会えたのは物凄く幸運だったみたいだ。神様に感謝しなきゃ・・・何だろう? 凄く違和感がある? ま、いいか。それより、
「魔獣って何ですか?」
「は? 魔獣も分からねえのか? ん~簡単に言うとだな、獣の体内にある一定以上の魔素がたまり、魔核が出来た獣の事を魔獣って呼んでるな。魔獣になると凶暴性が大幅に増して人や家畜を見境無く襲いまくるんだ。」
「無茶苦茶、危ないじゃないですか!」
「いや、だからよく生きていたなって、言ってんだよ。たぶんだが盗賊に襲われたんじゃないかな?」
「盗賊ですか?」
「ああ、最近この付近にも盗賊が出ていると言ってたからな。で、おまえさんは運悪くそれに出来わし、怪我させられた上に、全てを盗まれたんじゃないかと思うんだが?」
なるほど。
状況的には確かにそうなのかも? でも。
「でも、僕の周りには何も無かったですよ? 盗賊に襲われたにしても何で僕一人が、こんな所にいるんですか?」
「それこそ知らん! と言うより、わしもそれを聞きたいんじゃがな。何か思い出す事はないのか? 一緒に居た奴とか、覚えとらんのか?」
一緒に居た人? ・・・・居た気がするような?
いや、違うか? 人ではなかった様な人が一緒だったような?
・・・・・・・思い出せない。
「ふむ、まあ良い。で、おまえさんは誰だ?」
「え?」
「え?って名前じゃよ、名前!」
名前、そうだ僕、名前も判らないんだった。
「あのー・・・」
「なんだ?」
「僕の名前って、何て言うんでしょうか?」
「そんなもん!知らんわ!」
「ですよねー」
それから、トルガさんに色々聞かれては分からないと、返事を返すだけのやり取りが続いた。
「はあ、何にも覚えて無いのか?」
「はい」
トルガさんは少し顎髭を摩りながら暫くの間、思案し続けた。
すると、何かを決断したのか、僕に向かって話しかけてきた。
「まあ、分かった。嘘をついているようにも、見えんしなあ。それにこのままほって置く訳にもいかんだろ? どうじゃ、わしが住んどる村にでも来るか?」
「ほ、本当ですか!?」
それは、僕にとっては願ってもない申し出だ。
はっきり言ってここで投げ出されてしまったら、死ぬ自信はある。
話しを聞いて判ったが、獣や魔獣がそこらへんに居るらしい。
基本、獣は腹が減ってなければ襲って来ることは無いそうだが、魔獣は違う、ただただ、生ある者に襲いかかるそうだ。
どれだけ此処で気を失っていたのかは解らないけど、よく生きていられたと自分で感心してしまった。
「でも良いんですか? こんなどこの馬の骨とも解らない僕を連れていってもらって?」
「まあ、そこは長年の経験かの。おまえさんが悪い人間でないと思えたんでな。だから大丈夫だろ。それに魔法鑑定具で犯罪とか色々分かるから、その時はその時でなんとかなるわい」
記憶喪失の僕だったが、魔法という言葉に違和感を抱いていないので、もともと知っていたんじゃないかな?
それより本当に犯罪とか、犯してないのだろうか?
「僕がこう言ってはなんですが、記憶がないから犯罪歴が解らないだけかもしれませんよ?」
「お前なあ、人がせっかく付いて来いって言ってるんだ。自分から相手を不安にさせる事、言わん方がいいぞ? まあ、そんな事言う奴が悪党だとは思えんがな」
呆れられてしまった。
「すみません、ではお言葉に甘えさせていただきます」
僕は改めてお願いすることにした。
これでとりあえずは生き延びれそうだ。
「ああ、じゃあこれでも羽織っとけ」
そう言ってトルガさんは肩から下げていた革製の鞄に掛けてあった外套を僕に差し出してくれた。
「さすがに下着は無いからそれで我慢してくれよ」
「い、いえ! 助かります。ありがとうございます!」
貸してもらった外套を着て露出の多い体を隠す。
外套はドルガさんが使っている物だったので裾をまくし上げ丈を調整させてもらった。
頭の痛みは少し有るものの、だいぶんましになった気がする。
僕は、ドルガさんに手をとってもらい、ゆっくりと立ち上がろうとするけど、どうにも足に力が入らない。
深呼吸をしてもう一度立とうとするけど、やっぱり足に力が入らない。
体の方の痛みはほとんど無いのに、腰から足の下半身全体が上手く動かない。
これでは普通に歩けないな?
それを見ていたドルガさんが、僕の前に腰をおろしてくれた。
「ほれ、わしの背中に乗れ。」
「え? でも」
「今更、遠慮してどうする? 嬢ちゃんみたいに小さい子なんかなんの苦にもならんよ。」
ふん、とか言って僕に向かって背中を押し出してくれるので、遠慮なく乗せてもらう事にした。
「本当に有り難かとうございます。」
「良いって事よ。」
「それとドルガさん、先程僕の事、嬢ちゃんって?」
「え? あんた女の子だろ?」
「え? 僕、女の子なんですか?」
「はあ? そんな事も忘れたのか? ほれここに手鏡があるから自分の顔見て見な?」
そう言って、僕を片手で支えながら、上着のポケットから厚手の革袋を取りだし僕に差し出してくれた。
「ほれ、この中に鏡が入っているから良く見てみな。」
僕は自分の掌より少し大きめの革袋を預かると中から丸い鏡を取り出した。
「ドルガさん? いつも鏡を持ち歩いているんですか?」
「お前。今、変な考えしなかったか?」
あれ、何で解ったんだろう?
けっして女装が趣味とかを馬鹿にするつもりは無いし、人それぞれだと思うとか考えていたんだけど、何で僕がそう思っていた事、解ったんだろうか?
まあ、それは置いといて、僕は鏡を片手に持ち覗き込んだ。
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