作戦開始
翌日、タブレットに届いたメッセージを見て怒りがこみあげていた。
戦況の悪化に加え劣勢に立たされ続けた軍本部はエンドを含む国中のヴェリムを用いて敵国に大規模戦闘を仕掛けるというものだった。エンドとなり、戦わなくてよくなった彼女たちまで使うなんて考えられない。すぐに抗議の電話を入れたが取り合ってもらえず、反対すれば収容施設ごと閉鎖。僕は管理人から外されエフたちは強制的に戦闘に送り込まれるらしい。
反対しても、抗議しても意味はない。だからと言って僕に権限はなく彼女たちと逃げようとしてもすぐに見つかってしまうだろう。
できることは、彼女たちに作戦の内容を伝えることだけ。
悔しさに机を叩くとエフが驚いた様子で目を覚ました。
「カナタ?」
「ああ、ごめん。ホントに、ごめん」
力なく崩れる僕を支えるとエフは机の上にあったタブレットのメッセージに気づいたのか、僕を椅子に座らせ読み始めた。
「そう。そう、なんだね」
「ごめん、僕は、君たちに。エフに、なにもして、あげられない」
「ううん、大丈夫。大丈夫だよ、カナタ。まだ死ぬと決まったわけじゃない」
「でも……」
「生き残って帰ってくる。ケイティも、ヴィーナも一緒に」
優しく僕を抱きしめ、エフは背中をさすってくれる。辛いのは彼女のはずなのに、僕が励まされてどうする。強く、いないと。まだ、希望はあるはずだ。
大丈夫、とエフに返しケイティとヴィーナに作戦を伝えるために管理室を出た。
広場に皆を集め、作戦を話した。ケイティとヴィーナは驚いた様子だったが、渋々納得したように苦笑いを浮かべている。
「まったく、軍本部はホントにいやっすね。エンドも参加しろ、なんて」
「ああ、次会ったら一発ぶん殴る」
「なら、生き残らないといけないっすね。もう一度、この四人でここに集まれるように」
「うん。この四人で」
「そうだね。エフ、ケイティ、ヴィーナ、そして僕。作戦を終えてもう一度会えるように」
頑張ろう、と四人で手を合わせた。
僕たち四人は比較的最前線から離れた作戦地域を任された。
生き残る確率は高いと言えるだろう。軍上層部はエンドの戦力にそこまで期待していないということだろうが、こちらとしてはありがたかった。
作戦開始まであと三十分。
こちらのヴェリムたちが戦線を押し切れれば戦争は終わる。整備士としてエフたちを調整するため、僕もエフたちの近くで待機しながら早い終結を祈っていた。
「もう、始まるっすね」
「ああ。エフ」
「なに?」
「もしもの時は、カナタを連れて逃げろ」
「え?」
「これ以上巻き込まれてダチの恋路なんてじゃまさせねえ。だから、危ないと思ったら迷わず逃げろ」
「でも」
「でも、じゃないっす。大丈夫っす、ウチら戦争を生き抜いてエンドになるくらい強いんすよ? 二人が逃げる時間ぐらい稼げるっす」
「……わかった」
三人がなにか話しているようだが、風の音でかき消されて聞こえない。無線も必要時のみの使用しか許可されていないため、会話の内容を確かめることはできなかった。
時計の短針が十時を差した瞬間、ノイズ交じりの無線から開戦の合図が響く。
《戦闘開始。前線以外のヴェリムは命令があるまで待機せよ》
端的な命令のみが伝えられ、無線が切れる。できることは指示を待つのみで、自由な行動はできない。時計と睨みあうが、針の進みはゆっくり。戦況も確認できない今、募るのは不安ばかりだった。
「カナタ、大丈夫?」
想像以上に難しい顔をしていたのか、エフが待機場所まで戻ってきて顔を覗き込んでくる。
「う、うん」
「心配しないで。もしもの時は私がカナタを守るから」
そう言って、エフはケイティたちのところへ戻っていく。
彼女の背中が遠く見えたのはヴェリムとして戦場に今一度戻っているからだろうか、それとも……。
《戦線、突破されました!》
《待機中のヴェリムに通達、敵ヴェリムに警戒せよ!》
唐突に無線から焦りの声が轟く。どうやら戦況は芳しくないようだ。無理もない、この国は新人の僕でもわかるくらいには疲弊している。全ヴェリムを投じて大規模作戦と言っても捨て身に相違なかった。敗戦するなら、国を巻き込んでなんて許されないのに。
無線を聞き、エフ、ケイティ、ヴィーナは覚悟を決めたように、武器を取るため待機場所に戻ってくる。
「このままだと、まずいっすね」
「まずい?」
「相当には。この街道、前線からは離れてますが本部へ奇襲を仕掛ける拠点にはもってこいっす」
「そんな、軍からあらかじめ聞いてはいたけど実行移すかどうかは現場の判断だって……」
「その時なんすよ。そもそも勝つ見込みなんて考えてないでしょうし。ただ、ここの地盤は比較的もろいんで爆発物でも仕掛ければ敵の進行は食い止められるっす。ただ……」
「ただ?」
「支給品にそれらしきものはないっす。つまり、ウチら自爆でもしろってことっす」
「じ、ばく?」
「ええ、爆発物をここで使うくらいなら、エンドを使い捨てればいい。上層部の考えそうなことっす」
「ふざけるな!!」
ため込んでいた怒りが爆発した。エンドとして生き抜いた彼女たちを最期まで使い捨てるなんて許されない。誰に当たり散らすこともできず、ただ、地面を殴ることしか出来ない悔しさに余計に腹が立った。自爆なんてさせない、させてたまるか。そうだ、彼女たちのプログラムを書きかえれば……。
「エフ」
取り乱す僕とは違いケイティが冷静にエフの名を呼んだ。
「行け」
「……わかった」
エフは頷き、僕の手を取って駆けだした。振りほどこうにもエフの力は強く、引きずられるようにして待機場所から離れていく。次第にケイティとヴィーナの姿が遠くなって、手を伸ばしても届かない。
「エフ、離してくれ!」
「ごめん」
エフは声を震わせて、謝り続けていた。もう、待機場所は遠く二人の姿が見えなくなった時、前方から銃声が聞こえた。先ほどまでいた待機場所の近くから煙が上がっている。
交戦したんだ、ケイティとヴィーナの二人が、敵と。
「ケイティ!! ヴィーナ!!」
なにも、できない。
僕は、エンドとなった彼女たちすら守れない。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
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