エフ

 喉が枯れるまで叫び続け、どれくらい経っただろう。だいぶ遠くまで来た気がする。

 小屋の影に身を隠すと周囲を見渡したエフが戻ってきたようで、僕の手を握った。


「ごめん、カナタ。ごめん」

「いい、んだ。僕が無力だから。力がないから、二人を……」

「違う! ケイティもヴィーナも幸せに生きてほしいって逃がしてくれた! そんなこと、言わないで!!」


 エフは声を荒らげ、感情を爆発させている。無表情で、機械的だった彼女はどこにもいない。友人を置き去りにして、僕を守るために逃げて来た。楽しい思いを、生まれてきて良かったと思わせたかったのに、僕は彼女の顔を苦痛に歪めている。


「ごめん、エフ」

「ううん。行こう、誰の手も届かない、二人だけの場所に」


 小屋の影から出て、二人たどりつく場所も、目的地もなく歩き始めた。

 遠方からは銃声と爆音が聞こえる。戦争という魔の手はだんだんと近づいている。


 逃げよう、どこか遠くへ。

 二人きりになれる場所へ。


 エフと幸せに。

 君といつまでも一緒にいられる、場所に。


 突然銃声が響いた。


 前方を見ると敵国のヴェリムが目前まで迫っていた。数は多く、逃れようにも襲われる可能性が高い。どうにかして回避しようと考えを巡らせるとエフを見た時、彼女は駆け出していた。ヴェリムとして僕を守ろうとしたのだろう。


 行くな、戻れ、という言葉はもう遅く。

 エフはヴェリムから武器を奪うと激しい戦闘を始めた。

 ただ、見ていることしか出来なかった。

 資料にあったように、エフは強い。

 多数を相手にひるまず、戦場で踊るように戦っていた。


 だが、僕を守りながら戦うのは彼女にとっても容易いことではなく、エフが傷つき、弱っていく姿を立ち尽くして傍観するしかなかった。


 無力を思い知らされた。

 好きな女の子すら守れない。

 ここで僕が突っ込んでいっても、敵に殺されるだけ。


 エフの勝利を祈ることしか出来なかった。


「やあああああああああああ!!」


 僕を守るためにボロボロになりながらもエフは戦い抜いて。

銃弾を撃ち込まれ、剣で貫かれても倒れず、最期まで人々を庇うように立っていた。


 勇敢な姿だった。

 僕の知らない、彼女がそこにいる。

 ヴェリムとして最後まで戦う、エフを初めて知った。


「エフ、エ、フ」


 名前を呼びながら、手を伸ばしながら、一歩一歩近づいていく。

敵のヴェリムがいなくなると戦い抜いたエフはその場に倒れ、動かなくなる。


「エフ!!」


 駆け寄り、エフを抱え上げる。全身血まみれ、肌は破れ、内部の部品が見えている。調整すれば間に合うかもしれない。急いでコアを開こうとすると彼女は僕の頬を撫でて笑った。


「泣かないで、カナタ。一緒に、行こうって、約束した」

「うん、うん。一緒に、誰の手も届かないところで暮らそう」

 頬を撫でる手を強く握るとエフはぼうっと空を眺めていた。


「もう、ついた、かな?」

「ああ、着いたよ。ここで、暮らそう。ずっと一緒に」

「うん、カナタと二人で、ずっと一緒に。ねえ、私はカナタを幸せに出来た? 恋人として貴方を、カナタのことを、大切にしてあげられた?」

「ああ、うん。僕はもう、充分だ。だから、今度はエフの番だ」

「私、の番?」

「うん。たくさんの思い出を作っていこう。デートもしよう、結婚だって、子供は無理かもしれないけど、家族にはなれる」

「そう、だね。ねえ、カナタ」

「なに?」

「愛してくれて、愛を教えてくれて、ありがとう。私にいっぱいのはじめてを、思い出をくれて、ありがとう」

「エフ? いやだ、行かないでくれ! 僕を置いていかないでくれ! 君と、ずっと一緒に。大好きな君と一緒に、いたい、よ」

「私も。でもね、もう大丈夫だから、私は幸せだから」


 頬を撫でていた手は力なく、エフは最後に笑って、瞳から一筋の涙をこぼした。


「大好きだよ、カナタ。愛しています」


 エフのマナが活動を止めた。

 ヴェリムにとっての、事実上の死だった。


「エフ、エフ……、ああ、エフ……」


 力なく、もうなにも言わないエフの体を抱きかかえ、歩き始めた。

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