恋心
エフの過去。
特殊個体として生まれ戦場を生き抜いた、僕の知らない彼女の姿。一介の整備士である自分が調べていいのか悩んだが、興味には抗えない。情報を求め検索結果を見るがF-21に関する項目は一件のみだった。僕の知らない、エフの情報。気づけばファイルを開いていた。
『特殊個体F-21に関して』
製造日、イヴァン歴ニーゼロニーヨン。
特殊戦闘部隊アルハ所属及び同隊隊長。ヴェリム数体分のマナを持ち、全ての能力に秀でた超優秀個体。戦場に出れば敵ヴェリムを一機残らず駆逐し多大なる戦果をあげた。感情に欠落が見られる。健康診断異常なし。その他項目異常なし。エンドとなった場合は要研究対象である。
追記、イヴァン歴ニーサンゴーサン。能力値に変化なし。反面、戦果に異常あり。
追記。イヴァン歴ニーヨンナナサン。マナの乱れ、暴走傾向あり。要エンド認定。
追記。イヴァン歴ニーヨンナナハチ。エンドとして認定。以下研究結果記載。
耐久実験、クリア。
劣悪環境における生存実験、クリア。
感情操作、クリア。
記憶操作、クリア。
ボディ、クリア。母体として異常なし。
繁殖化計画の実行許可を求める。
概要を以下に記す。
優秀個体であるヴェリムを母体とし、体内でヴェリムを製造する。母体にかかる負荷は計り知れないが実験結果を参考の結果、十数体分の製造は可能であろう。エンドとして、新たな有効活用法にもなるであろう。
繁殖化計画に関し会議を重ねた結果。
ヴェリム繁殖化計画の実行を許可する。
「ヴェリム繁殖化計画……?」
「カナ、タ?」
読み終えたところで、エフが目を覚ました。慌てて端末を隠すが、気づかれていたらしくエフは無言で近づくと端末を取り上げた。
「私の、記録」
「ごめん、勝手に」
「いい」
エフはどこか悲しそうな顔でうつむき、端末の電源を切った。
「話す、私のこと」
無言でうなずくとエフはベッドに座る。
端末に記載されていた情報は僅かであるが、エンドとなったエフがされてきた実験の数々は添付資料を見るだけでもおぞましいものだった。耐久と称し銃弾を何発も打ち込まれ、物資の補給なく劣悪な環境で過ごし、感情や記憶を操作されても人格が崩壊しないか脳をいじられ、無抵抗のまま体中をまさぐられる。更には母体としてヴェリムを製造する核に。到底、人間であれば壊れてしまうであろう。
「記録と同じ、拒否権はない。戦場で受けるどんな苦痛をも凌駕する耐え、何度も意識を失った。記憶が曖昧になったのはその頃。気がつけば、収容施設にボロボロの格好で捨てられていた」
エフの過去は想像の何倍をも超える壮絶さ。辛かったね、大丈夫、どんな言葉も今は陳腐に聞こえてしまう。僕が彼女に出来ることはなんだ? 考えても言葉が上手くまとまらず、ただ頷くことしかできなかった。
「推察するに、計画は失敗している。過去を話したのはカナタが初めて。カナタは私に初めてをくれたから、私もカナタに初めてをあげた」
「エフ」
「なに?」
「僕は、君の力になりたい」
「嬉しいけど、やめておいた方がいい」
「どうして?」
「幾度とない実験に犯され、疲れた。力になってくれるのは嬉しい、でも、迷惑はかけたくない。調整だけで報われる。カナタは色々な楽しい、嬉しい、喜びを教えてくれる。もう、大丈夫だから」
あからさまな苦笑いでエフは僕に笑いかける。
その笑みに心臓をぐっ、と掴まれた気がした。惹かれていると言いながら、エフが辛そうにしているのに僕は、力になると言いながら彼女の過去を忘れさせるほどの力を与えられないことが悔しい。
でも、なにもしない訳にはいかない。
傍にいても、笑わせても、エフを本当の意味で幸せにすることなんて出来ないのかもしれないけど、想いを伝えることは出来る。雰囲気に流されているのかもしれない。もしかしたら勘違いかもしれない。だけど、想うたびに胸が苦しくなって無意識にエフを追いかけてしまうのは、僕がエフに恋をしているからだろう。
はっきり、わかった。
僕は兵器な君に恋をしていることに。
「僕は君に恋している。僕は、エフが好きだ」
「そう。嬉しいけど、ごめん。想いには応えられない」
エフはベッドから立ち上がるとワンピースを身に着け、振り替えることなく部屋を後にしようと出口の方へ歩いていく。
「カナタは優しい、一緒にいて楽しい。でも、人間と恋愛するべき。ヴェリムの、エンドとなった私に恋するのは悲しむだけ、だから」
がちゃ、っとドアを開ける音だけが部屋に空しく響いていた。
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