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 三人の協力を得られるようになったおかげか、施設の復旧及び点検、清掃はあっという間に片付いていった。問題となった共用部分の使用もルールを制定することで落ち着いた。一応は男女、風呂やら着替えをする場所は分けなくてはならないという理由で。しかし、男一人というのは劣勢で、ケイティとヴィーナに言いくるめられるまま、肩身の狭いルールになってしまったことは致し方ない。


 僅かな入浴時間を手早く済ませて中央広場に出ると、ケイティとヴィーナがなにかを話しているようだった。


「今日もお疲れ様。エフは?」

「ああ、エフっちなら部屋に戻ったっす」

「そっか。じゃあ、僕も戻ろうかな」

「ちょい、カナタっちに聞きたいことがあるっすよ」


 興味津々といった様子でこちらを見上げながらぐいぐい迫ってくるヴィーナ。ケイティもちらちらとこちらを窺っている。なにかしただろうか? 思い返してみるが見当もつかない。冷や汗を額ににじませていると、ヴィーナがにやりと笑った。


「エフっちと、どうなんすか?」

「どう、とは?」

「同じ部屋で寝泊まりしてるんすよ? なにもないわけ、ないっすよね?」


 俗にいう恋バナというやつだろうか? 女の子特有の興味というか、なんというか。正直反応に困ってしまう。どうといわれてもエフとは会話はおろか部屋でなにかを一緒にするわけでもない。作業が終わり業務をまとめている僕に対し、エフはさっさと寝てしまう。

 二人が望むようなドキドキ、ハラハラは今のところない。


「いや、なにもない、けど」

「ええ!? つまんないっすねえ。……でも、カナタっちはエフっちのこと好きっすよね?」

「そ、そうなのか!? すすす、好きって、つ、つまり」

「落ち着いてくださいっす、ケイティ」

「お、落ち着いてるっての!」

「意外と乙女っすねえ。こほん、話を戻して。カナタっち、好きっすよね?」


 あわあわしているケイティと悪戯っぽく笑うヴィーナ。僕をからかっているのか、二人は変わらず好奇心にかられている。好き、かと聞かれて否定はできない。惹かれているのは事実だが、どうして惹かれているのかもはっきりしないし、なによりエフのことを知らないまま一方的な好意を持っていいかもわからない。


「好き、かといわれると、その」

「はっきりしないっすねえ。少なくともエフっちは好意はあるのに」

「「そ、そうなの!?」」

「なんすか、二人して。見ててわからないっすか? それに、エフっちウチらと一緒に寝ようって言っても断るっす。脈ありっすね」


 いやでも、エフがそんな様子を見せたことは一度もないし、見ててわかるって、僕が見ている限りでは、全くないはず。第三者視点だからわかるのか? 女の子だから敏感に察することが出来るのだろうか? 星が煌く夜空の下、パニックになりそうだった。


「ふふ、あはは! 冗談っすよ! ホント、からかいがいがあるっすね、カナタっちは。ね、ケイティ?」

「お、おう?」

「じゃあ、ウチらは寝るっす。また明日ー」


 怒涛のように攻め込んで風のように去っていく。ヴィーナには調子を狂わされる一方だ。整備した時も主導権はずっとヴィーナだったし、隙がない。ケイティもヴィーナの前では普段の男勝りな性格は従順になってしまっている。


 風呂で疲れを取ったはずなのにどうしてか体が重い。早く横になろう。

 大きく肩を落とし、管理室に戻ることにした。


 管理室に戻ると珍しくエフが起きていた。普段なら風呂から出たらすぐに寝てしまうのに、どうしたのだろうか? 声をかけようとすると、エフはこちらに気づいたらしい。


「遅かった。話がある」

「なに?」

「調整をしてほしい」

「調整? いいけど、どこか不調?」

「違う。でも、お願いしたときはやってほしい。どうにも私のマナは乱れやすいらしい」

「わかった。じゃあ、横になって」


 エフは就寝時に来ているワンピースを脱ぎ下着姿になるとベッドに仰向けに寝転がった。いまだに見慣れないが調整時に恥ずかしがっている場合ではない。エフの首元に触れコアを開いてみると言われた通りマナの循環に乱れがあった。ヴェリムのマナ調整は戦闘後などでなければ短期間で行うものではないと学んだ。エフの生活を見る限りでは戦闘と同程度の負担はかかっていないはずで、本来ならマナが乱れるほど前回から期間は開いていない。考えられるとすれば調整ミスかエフが言うように特殊個体だからなのか。新人である自分には判断がつかなかった。


「もしかして、前回調整ミスしてた?」

「ううん、カナタの調整はとても上手い。問題があるのは私の方」


 エフは天井を見上げたまま、話し続ける。

若干ではあるが以前より口数が増えた気がした。


「私はアルハにいた」

「うん」

「アルハのトップとして、生き抜いてきた。特殊個体として」


 学校で教師が言っていた言葉を思い出した。ヴェリムの中には天文学的確率で製造される特殊個体がいる、と。ヴェリムとしては協力ではあるが同時に扱いが困難で不定期的に調整を行わなければならない。実際に担当することになるとは考えもしなかった、もっと注意深く整備しなくてはエフへの負担が大きくなってしまう。


「大丈夫?」

「問題ない。カナタ」

「なに?」

「……いや、なんでもない」


 エフは言いかけて、やめた。

 マナの調整が終わるまで、彼女は無言であった。なにを伝えようとしていたのかは、わからない。調整を終えるとエフは横になりすやすやと寝息を立て始めた。


 特殊個体、アルハ。末端の整備士である僕には知らないことが多すぎる。

 日誌をつけようと端末の電源をつける。履歴を見ると前回エフが入力したコードはまだ有効のままらしい。興味に、好奇心にかられ、僕はエフのことを検索していた。

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