ヴィーナ
管理室に戻らず、施設裏手の畑に向かう。今為すべきなのはV-97と話をすることだと思った。僕に足りないのはヴェリムを知ること。決めたはずだ、エンドなったヴェリムに安らかに過ごしてもらう、と。早足で畑に向かうとV-97は変わらず水やりをしていた。
「おはよう」
視線をこちらに向けたが反応することはない。水やりの手を止めるとV-97は居心地が悪そうに畑を離れようとする。
「待って!」
「……なんすか?」
「話がしたい」
「話すことなんてないっす。てか、しつこいっす。いい加減にしてくれないっすか?」
「伝えたいことがあるんだ。君の、整備士について」
「誰から聞いたんすか? まあ、いいっす。聞くならどっちかからしかないっすから。F-21もK-10もキモイんすよ。さんざん軍にこき使われたのに、また人間と仲良くしようなんて。ウチには無理っす」
「なら、初めて会った時どうして色々教えてくれたの?」
「それ、は……。あんたがあまりにも無知だったからっす。じゃなきゃ、ウチは」
「違うと思う、本当に関わりたくないなら最初から無視できた。でも、君は優しいから、なにも知らない僕に、人間である僕にも普遍なく接してくれた」
「うるさい! 出会ったら別れるのが運命なんすよ? ウチは、ウチは……、もう誰かと関わって失うことが嫌っす!! ミチルだって、傍にいるって言ったのにウチの前から急にいなくなって……! もう、関わらないでほしいっす!」
温厚そうなV-97は声を荒らげて、きつく、固く手を握りしめている。
彼女にとってミチルという整備士がどれだけ大切だったのか、聞かなくてもわかった。
「僕は、拒まれても君に関わりたいと思う」
「あんた、頭おかしいんじゃないっすか? ウチら、エンドなんすよ? 余命一年以内に死ぬんすよ? 仮に残りの時間を楽しく過ごしたって、辛い思い出も戦場の記憶も消えないんすよ!? まして、あんたはずっと見送る立場、耐えられるんすか?」
「わからない」
「わからないなら、やめた方が……」
「でも、僕は決めた。戦場を生き抜き、過酷な思いをしたヴェリムだからこそ、終わるときは安らかに。せめて最期は生まれてよかったと思えるように。僕は整備士である前に君たちをケアしたいんだ。出会えたからこそ、知りたいんだ。誰かと一緒に過ごす時間が良かったって思えるように。せめて、戦場にいないときは君らしく過ごせるように」
「はは、ははは……。どうして、どうしてミチルと同じこと、言うんすか……?」
V-97は顔を両手で押さえ崩れ落ちる。声を震わせ、なにかを思い出すようにただ、泣いていた。
「ミチル、どうして……。ねえ、なにか知ってるなら、教えてほしいっす」
「君が望むなら」
「望むっす。ウチは、知らないまま、親友が急にいなくなった理由を知らないままエンドとして終わりたくないっす」
泣き続けるV-97に歩み寄り、手を伸ばす。手を取った彼女に肩を貸し、近くのベンチに腰掛けた。ハンカチを手渡す、いつか母さんに男は女の涙を拭うためにハンカチを持つものだと。まさか、本当に機会が来るとは思っていなかったが。
V―97が落ち着いたところで、真相を話すことにした。
ミチルという整備士が彼女を守って殺されたことを。
「ウチの為に。やっぱりミチルはお人好し過ぎるっす」
「だから、V-97が悪いとかじゃ、ないと思う」
「いいっすよ、励まさなくて。自分も軍も恨みます、それはずっと変わりません。でも、同時に知れて良かったっす。知らないまま死んでいくより、ミチルがウチを守ろうとしたってことを知れただけでも、嬉しいっす」
「君は、これからどうしたい?」
「そうっすね。あんたら無視して過ごすのも悪くないっすけど、残りの短い人生誰かと関わった方がもっと面白そうっす。私という存在を肯定してくれたミチルへの恩返しにもなりそうっすから。ウチは、死ぬまで優しいヴェリムであり続けることを誓うっす。手伝うっす、あんたらのこと」
「助かるよ、V-97」
「ヴィーナ。ウチのこと、ミチルがそう呼んでたっす。あんたも、カナタも呼ぶことを許可するっすよ」
「じゃあ、ヴィーナ」
「なんすか?」
「これから、改めてよろしく」
「よろしく頼むっす」
握手を交わす、問題であったヴィーナとの友好関係もクリアできた今、残された課題は施設の復旧を急ぐこと。全員の協力を得た現状、思ったよりも早く復旧は叶いそうだ。
エフ、ケイティ、ヴィーナ。エンドとして生きられる残りの時間を有意義に過ごすために、出来ることは最大限していきたい。
「早速だけど、君を整備しないと」
「い、いきなりなんすか? 脱げってことっすか? やっぱ変態っすね」
「ち、違う!」
「嘘っす。からかっただけっすよ。でも、異性に整備されるのは初めてなんで、……その、お手柔らかに頼むっす。じゃあ、脱ぐっすね」
「え?」
「じろじろ見ないでくださいっすよ?」
「外で脱ぐな!」
悪戯っぽく笑うヴィーナに、今後とも調子を狂わされそうな気がしてならなかった。
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