打開策

お仕置きを受けてから数日。謝罪したおかげか、ケイティも約束通り協力してくれるようになって畑や施設の復旧は順調。エフとの目標である自給自足も着実に前進しているのだが、一方でV-97との距離は縮まる様子はない。


「終わった」

「こっちも終わったぞー」


 配電盤の修理を終え、施設の設備点検は完了。後は各部屋や共用部分の整備だが、数日はかかるだろう。優先すべきは共用部分、生活を共にしているV-97の意見も聞いておきたいところだが、現状個人での打開は難しい。


「次はなにする?」

「共用部分、かな。V-97の意見も取り入れてやりたいんだけど……」

「意見? あいつの意見なんて無視すりゃいいのに」

「同意」


 エフとケイティは呆れた様子で僕を見ている。無理もない、V-97と接触しては無視される僕の様子を何度も見ている二人からしてみれば、彼女のことなど気にしなくていいと言っているのだろう。しかし、同じ施設で暮らしている、整備対象のヴェリムを放っておくわけにもいかない。エンドとして収容されてからV-97は一度も整備されていないはずで、いつ暴走状態になってもおかしくはない。お人好しと言われても仕方ないが、整備士としての努めをおろそかにしてはならない。


「ま、お前がお人好しなのは見てればわかるけど、よ。なあ、エフ?」

「お人好し過ぎる、といっても過言ではない」

「そう、かな?」

「おう。オレらエンドに優しく接しようとしてるのがなによりの証拠だろ? さて、なんも作業しないならオレは戻らせてもらうぜ」

「ああ、お疲れ様」


 ケイティは退屈そうに欠伸しながら去っていく。

一番の難敵だと思っていたケイティだが友好的になってからは無口なエフと違って会話量も多く接しやすい存在であった。


「僕たちも休憩しようか」


 一段落したところで、エフと共に管理室に戻ることにした。

 当たり前になってしまったが収容施設に来てからエフと共に過ごす時間が一番長い。寝食を共にし、点検復旧作業中も文句ひとつ言わずに手伝ってくれる。表情やなにを考えているのか、わからないことが多いが心の支えとなっているのは認めざるを得ない。

僕はエフに惹かれていた。好意なのか興味なのか、はっきりとはしていないが無意識に彼女を目で追っている。きっかけは思い出せないが、視線の先にいるのはエフだったことが多い。


 僕は、恋してしまったのだろうか? 兵器である彼女に。


 やめておこう、叶わない想いだ。

エフはエンド、たとえ結ばれたとしてもたどり着くのは別れでしかない。


 かき消すように首を振ると、エフが窓の先を見ていることに気づく。


「どうしたの?」


 同じように窓の外を見ると施設裏の畑に水やりをしているV-97がいた。

 丁寧に、入念に、遠目ではあるが思いやりが伝わってくる。


「変わらない」

「え?」

「アルファにいた頃もV-97は優しいヴェリムだった」

「その話、詳しく聞いてもいい?」

「見た方が早い。コードを渡す。機密コード。カナタの端末からでも情報を探れる」


 現役を引退したヴェリムがどうして機密コードを持っているのかはわからないがエフは僕が持っていた端末を手慣れたように操作する。無言で手渡された端末の画面にはレッドデータと称された情報ファイルがずらっと並んでいた。


「読むといい。ただ、存在を知ったカナタは共犯。バレたら軍法会議」

「ええ!?」


 驚く僕を尻目にエフはぼうっと窓の外を見始めてしまう。

 今更見ないと言っても、端末を調べられればすぐにバレてしまう。意を決し、V-97に関してのデータを開いた。


記録によると確かにV-97はアルハにいたようだが、すぐに辞めている。

処分理由は他のヴェリムを助けようとして戦線を離れた、という命令無視。他のヴェリムを助けるなんてV-97の性格がうかがい知れる。僕を避けておきながら、手厚く接してくれるのは内に秘める感情を隠しきれていないからだろう。

データをスクロールしていくと『再プログラム』という聞きなれない言葉が目に止まった。


「再プログラム?」

「ヴェリムに欠陥があるときに行われる。個体に記録された一切の情報を消す」


 つまりは、感情や記憶なども消して新しい個体にするということだろう。だが、見る限りV-97は端末に記録された情報と性格も思考も変わりなさそうに見える。再プログラムは実行されていない? 読み進めていくと答えはすぐに出た。


「V-97担当整備士による、ヴェリムの改ざん?」


 添付ファイルを開いてみると整備士ミチル・バネッサが担当ヴェリムV-97に再プログラムができないようヴェリムのシステムを書きかえ、整備士を辞めさせられたと書いてある。ケイティの話を聞くに二人は姉妹のように仲が良かったらしいので、おそらくミチルさんも優しい性格の人間だったのだろう。


「V-97は辞職理由を知らない」

「それって……」

「伝えてあげて」


 エフは背を向け、歩き始める。

その背がどこか遠くに見えるのは、エフと僕の間に大きな壁があるからだろう。戦争という日常から大きくかけ離れた、経験の差。簡単にレッドデータに目を通すだけで惨さや残酷さが伝わってくる。アルハという特殊部隊で生き抜き、ここにたどり着いた彼女が見てきたものはいったいなんなのだろうか? エフのことをもっと知りたくなった。

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