ケイティ

階段を上る間も施設が震えるほどの轟音が鳴り続ける。早急に収めないと、ただ事ではなくなる気がする。長い廊下を全速力で駆け抜け、投げ出すように会議室のドアを突き破ると以前みた無機質なコンクリート中部は大きく凹み、窓という窓が割れ、床には一回にまでつながる大穴が開いていた。


 ヴェリムという戦争兵器を生み出すにはかなりのコストがかかり、多くを作るには向いていない。授業で覚えた知識ではあるが、現在の国家間同士での争いはヴェリム十数体同士を戦わせるのを基本としているらしい。戦争とは呼べないのではないか、と戦いを目にしたことのない人は言うが、彼女たちは一個体が一個小隊にも匹敵するほどの火力を持っている。つまりは、武器を持っていない状態でも施設の一部が吹き飛んでもおかしくない。


 僕の介入に気づいているのかはわからないが、現状エフは無表情のまま軍服に一切の乱れもなく突っ立ており、長身のヴェリムK-10はあからさまに不機嫌な顔で長い赤髪をかきむしっていた。


「んだよ、俺と殺り合うために来たんじゃねのか、死神?」


 K-10はエフを睨み、死神、と呼んだ。

 一部の強力なヴェリムは通称で呼ばれると聞いたことがあるが、僕がエフを見る限り『死神』なんて言葉は似合わないように見えた。


「殺すなら、もう終わってる」

「ああ? なめてんのか?」

「なめる? 貴方は甘くなさそう」

「ちっ、調子狂うな。とりあえず、一発殴らせろ」

「断る」


 目には見えないが両者の間には火花が散っていることだろう。

現状、蚊帳の外な僕は慌てて二人の間に立った。


「ストップ、ストーップ!」

「あ? 管理者がなんの用だ?」


 苛立った様子でK-10は眼差しを向けるが、僕を庇うようにエフは一歩前に出た。


「カナタ、どいて」

「なんだ? 守ろうってか? 死神さんも随分と懐柔されたもんだ」

「カナタは良い人」

「んなの知らねえよ。ちっ、久しぶりに暴れられると思ったのに興ざめだ。お前ら、さっさと失せろ」


 K-10は背を向けると近くの椅子に仰々しく座った。

 とりあえず、一触即発という状況は回避できた。しかし、本来の目的である彼女の調査は難しそうである。ここはおとなしく退場した方が良さそうだ。


「エフ、行こう」

「待って」

「え?」


 僕を制し、エフはK-10に近づいていく。


「K-10」

「あ? なんだよ」

「貴方のこと知りたい」

「はあ? お前、エンドになっておかしくなっちまったか?」

「それは貴方も。以前はそこまで殺気だってなかったはず」

「ちっ、何回か一緒に戦っただけなのに、うぜえ。……確かに、エンドになってから感情の抑えがききにくくなったのは認める。だが、オレは元々戦いが好きなヴェリムだ。だから、こんな施設で死ぬまで待ってろ、なんて性に合わねえ」

「そう」

「質問はそれだけか?」

「私はない。でもカナタがあなたに興味があるらしい」

「はあ? 管理者、オレみたいなのが好きなタイプか? 物好きだな」

「えっと……」


 違う、とも言いにくくて口ごもってしまう。K-10は他のヴェリムと同じく美しい容姿をしているがタイプかと聞かれれば違う気がする。困っているとK-10は口角を上げ笑った。


「まあ、いい。どうせ、管理者として知りたいだけだろ? オレはK-10。言いにくかったらケイティとでも呼べ。担当してた整備士がそう呼んでた。聞きたいことがあるなら早くしろ。今日は比較的感情の暴走が落ち着いてる方だ。なんか聞くなら今のうちだぞ?」

「ありがとう。僕はカナタ・メルド。改めてよろしく」

「おう」


 K-10改め、ケイティは初めて会った時とは正反対の落ち着いた様子で僕の質問に答えてくれた。どうやら、エンドに認定されて収容施設に来てからというもの感情の抑えが効かなくなる時があるらしい。今日のように比較的落ち着いている時は会話しても問題ないどころか、担当していた整備士とよく会話していたこともあり、誰かと話すのは嫌いではないらしい。


「趣味は特にない。好き嫌いもない、がもう一回食えるならカレーが食いてえ」

「カレー、か。芋も調達しようかな」

「まさか、食えるのか?」

「畑の規模が広がっていけばだけど……」

「ふーん。じゃあ、オレも手伝ってやるよ」

「本当に!?」

「ああ。ここで悶々としててもつまんないしな。それに、カレーが食えるかもしれないなら楽しみがあるってもんだ」


 予想していない提案に、思わず頬が緩む。正直、K-10と関係性を築くのが最難関だと思っていた。残りは比較的会話のし易いV-97だけ。想像していたよりも早く、三人と良好な関係を構築できるかもしれない。

 エフも気づいたのか、ケイティの手を取ると目を輝かせながらぶんぶん振っていた。


「ケイティ」

「お前には呼んでいいとは言ってねえ」

「私のことはエフと呼ぶと言い」

「聞いてねえな……。まあいい、んで、カナタ。オレもお前の案に乗ってやるわけだが、V-97からはもうオッケーはもらったのか?」

「まだだけど、V-97は社交的だしすぐに……」

「社交的? あいつが? まさか、お前知らないのか? 忠告しとくぞ、カナタ。ヴェリムでオレや死神のように人間に協力的な奴の方が珍しい。言っておくが、V―97は真逆だ。相当、人間を恨んでる。理由は知らねえが、正直簡単にはオとせねえ」


 なにかを思い返すように、ケイティはあぐらをかきながら話を続ける。


「V-97は昔、他のヴェリムと違ってかなり人間に友好的なヴェリムだった。ヴェリムってのは戦うために作られた道具だが、人間を最初から恨んでいるわけじゃねえ。結局は環境に左右される。担当する整備士次第だ、オレたちを道具のように扱う整備士がほとんどなだけで、稀に優しく接してくれる奴もいる。V-97の整備士もそうだ。数回目にした程度だが、V-97とあいつの整備士は姉妹のように仲が良かったらしい。だが、戦場で久々に会ったとき、あいつは正反対のヴェリムになってた。以前のように人に優しいヴェリムじゃなく、ただ命令通りに敵を抹殺するヴェリムに。その頃だ、軍規を犯した整備士が辞めさせられたって聞いたのは。おそらくV-97の整備士だったんだろう。まあ、噂話程度だが、な。てか、俺よりも死神の方が詳しいんじゃないか? V-97は一時期、特殊部隊アルハにいた。死神、確かお前もいただろ?」

「エフが?」

「ああ、しかもアルハのトップとかいう通常のヴェリムとは一線を画すような奴だ。ボサッとしてるように見えるが、こいつ超優秀だぜ? おい、機密情報くらい、耳にしたことあんだろ?」


 ケイティの言葉に、驚きを隠せなかった。

「アルハ」はヴェリムの中でも選りすぐられた数体の個体で構成された特殊部隊だ。そのトップともなれば別格の強さだろう。単独でヴェリム数体を相手に出来るほどの戦力を持つと言っても過言ではない。開示されている情報は少ないが優れたヴェリムの集団であることは知られている。

 窓の外をぼうっと眺めているエフの姿からは想像できない。ケイティに話を振られても振り返ることなく、興味なさそうにしている。


「無視かよ。まあいい、気になるなら直接聞け、話してくれるかは保証できねえけど。てことで、この話はもういいだろ? オレはな、早くやってほしいことがある」

「僕に?」

「おう。お前、管理者兼整備士なんだろ? エンドになって不安定なのも影響してか、あちこちガタがきてんだ。協力してやる対価だ、ささっと頼む」


 ケイティは恥ずかしがる様子もなく軍服を脱いで下着姿になると、近くにあった長机を並べうつぶせになる。調整しろってことなのだろうが、いまだに緊張してしまう。


「おら、早くしろ。もしかして、恥ずかしがってんのか?」


 発破をかけられ、引くに引けなくなる。袖をまくり、目を泳がせながらケイティに歩み寄っていく。大丈夫、エフにやったように緊張せずにやればいい。深呼吸をしてケイティの背中に手を伸ばす。マナの中心たる首下に触れるとケイティのマナはエフ以上に乱れている。葉脈をたどり、各所を順々に調整していく。


「おお、いいねぇ。お前、結構上手いじゃん。あ、そこそこ」


 エフとは違い、わざとらしく艶やかな声をあげるケイティに心が乱されそうになる。面白がってやっているんだろうが、僕だって黙ってからかわれているばかりじゃない。少し、やり返してやる。マナの乱れが強い部分は丁寧に行うべきだが、あえて施術の力を強めた。


「お、おい……! あ、そこは、ダメぇ……」


 色っぽくなる声にいたずら心を煽られながら調整を進めていると、いきなり誰かに腕を掴まれた。


「カナタ?」


 普段、無表情なはずのエフが若干頬を引きつらせている。やりすぎた、見ると、ケイティが息を荒くしてその身を抱いていた。


「お、お前は変態だ! ばーか!」


 落ちていた軍服を抱いて、ケイティはどこかへ走り去っていってしまった。


「ご、ごめん! 聞こえてない、か……」

「少し調子に乗りやすい」

「ごめん」

「許されない。ケイティと交友を深めたのに」

「う、うん」

「お仕置き、必要」


 エフは無表情のまま、追い込むように迫ってくる。ごくり、と生唾を飲み込んだ瞬間、背中に壁が当たった。


「お手柔らかにお願いします……」

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