調整

 翌日、目を覚ますとエフはまだ寝ているようでベッドですやすやと寝息を立てていた。今のうちに水を汲んで来よう。水筒を持ち、小川に給水に出かけた。


「ふう……」


 給水を終え、部屋に戻る途中、管理室への道を進みながら状況を整理していた。

 エンドとなったヴェリム三人が収容されている施設に管理人兼整備士として配属されたが、今のところまともに交流が出来ているのはエフのみ。来て三日目では仕方ないかもしれないが、友好関係は築いておきたい。しかし、ヴェリムとの会話はなにを話せばいいのかわからない。まして、なにを考えているかわからないエフだ、会話の糸口すらつかめない。


 ため息をこぼして管理室に戻ると先ほどまで寝ていたはずのエフは目が覚めたらしい。


「おはよう」


 水筒を置きタブレットを開こうと椅子に座ったのだが、エフの様子がおかしい。ふらふらとした様子で微かに頬が赤らんでいる。


「エフ?」

「して」

「はい?」

「して、早く」


 吐息交じりの声で近づきながらエフは軍服を脱ぎ、下着姿になっていく。なぜ脱ぐのか、近づいてくるのか、理解が追い付かないのにエフはもたれかかるようにして身を預けると耳元でささやいてきた。


「ねえ、お願い……」


して、とはいったい? ま、まさか? いやいやいや、と首を振って湧き上がった煩悩を振り払うが、エフの息がくすぐったくて払いきれない。


「欲しい、カナタの……」


 思わず、息をのんだ。


「調整が」

「ちょう、せい?」


 言われて気が付いた。ヴェリムの中にはマナの調整が上手くいかず体が熱っぽくなる個体がいるということを。僕はなにを勘違いしていたんだろう、自分の愚かさが嫌になる。


「ベッドに横になれる?」

「難しい。運んでくれると助かる」

「わ、わかった」


 エフを抱きかかえてみると想像以上の軽さに驚いた。筋肉質だが華奢な肢体はとても戦争兵器のようには思えない。仰向けに寝かせ、マナの中心点である首元に触れてみるとエフの言う通り、乱れがあった。人間でいえばコリのようなものである。葉脈と呼ばれる体全体にマナが流れる部分を調整していけばいいのだが、実際に調整を行うのは初めてで、緊張してしまう。


「カナ、タ……?」


 緊張している場合ではない。

苦しんでいるエフを楽にしてあげないと。大きく深呼吸をして首元に触れた。


「乱れたマナを調整する。楽にしてて」

「うん」


 整備士は人間の中でも特異体質を持った者だけがなれる職業だ。世界を構築する元素であるマナは大なり小なり生命にはなくてはならないものだが、ヴェリムは凝縮したマナを用いて作られている。強大な力を出せるのは単純にマナ量が多いからであるが、量が大きすぎるがゆえに自ら調整するのが難しくなるため、整備士による定期的な調整が必要になってくる。


 授業で学んだようにエフのマナを調整するため一時的にコアを開いてみると教科書に載っていた通常のヴェリムが保有するマナの何倍もの量が確認できた。特異な個体? それとも……。いや、詮索は後にしておこう。溜まったマナを各葉脈点流れていくよう、エフの体に触れていく。


「大丈夫? 痛くない?」

「問題ない。ありがとう」

「え? ああ、整備士として当然だよ」

「カナタは優しい。前に担当していた整備士とは違う」

「僕が?」

「前の整備士は調整してくれたとしても、雑だった。でも、カナタは違う。気遣ってくれるし、丁寧」

「そう、かな」

「うん」


 少しだけ、現実が見えた気がした。

研修で見た、現場のことを。


 はっきり言って、ヴェリムは人間によく思われていない。人間が戦争のために生み出したというのに自分勝手だと思うが、国民にとっては戦争の要因であることに違いはない。


 軍はそんな国民の中から特異体質を持った者を有無も言わさず整備士学校に編入させるのだ、反発心が生まれてもおかしくない。平穏に暮らしていても、能力があれば戦争に参加させられる。しかも、戦争の道具であるヴェリムの調整という明らかな戦への加担を。


 全員がヴェリムに対して友好的でないのは当たり前だが、僕に取っては悲しいことでもあった。夢を抱いて見に行った研修先で行われていたのはヴェリムへの雑な対応や行動に支障がない程度の暴力行為。僕以外の研修生はそれを見て笑っていた。


 だから、せめて僕くらいは彼女たちに優しくしたい。

 生き抜き、エンドして余命一年でも。

戦わなくてもよくなったのなら、優しくお疲れさまと言ってあげたい。


「お疲れ様」


 施術を終え、近くにあった軍服をエフに手渡す。

 エフは体をほぐしながら立ち上がると軍服を身に着けベッドに腰かけた。


「助かった」

「気にしないで」


 笑顔で返し、対面するように椅子を動かし座った。


「体は大丈夫?」

「問題ない。上手だった」

「ありがとう、力になれたみたいで嬉しいよ」

「カナタ」

「なに?」

「少しだけ、話、する」


 エフは大きく息を吸って吐くと胸に手を当てた。


「初めてカナタにあった時、驚いた。人間はヴェリムを嫌っていると思ったから。名前聞かれて嬉しかった。一緒にやろうって誘ってくれてドキドキした。じきゅーじそく、楽しい。カナタは私に初めてをいっぱいくれる」

「照れる、ね」

「だから、他の二人にも、カナタは同じように接するといい」

「わかった」

「カナタ」

「なに?」


 照れくささを隠すようにはにかんでいると、エフはゆっくりと手を差し出した。


「人間は友好的な証に握手すると聞いた。私で良ければ、してほしい」

「こちらこそ。よろしく、エフ」

「よろしく」


 手を握ると、エフは笑いかけてくれた。まるで大輪の花のような、初めて見る笑顔に見惚れていた。


 もしかしたら、僕は。


 この時すでに、彼女を、エフを好きになっていたのかもしれない。

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