始まり
夜も更けた頃、エフと共に施設内を散策してみると赤髪で長身のヴェリムK-10は会議室を茶髪で発育のいいヴェリムV―97は裏庭を中心に行動していることがわかった。エフが言うには干渉せず各々のテリトリーを侵略しないのが暗黙の了解らしい。エフは庭園付近を生活圏内にしているようで、彼女の補給物資や生活用品も近くあった。
「歩いてみると意外に大きな施設だ」
ヴェリム三人で使うには少し大きい気がしたが、途中で拾った仕様書を見る限り十数人のエンドを収容想定で建てられた施設らしい。壁は厚く制御の効かなくなったヴェリムが暴走しても耐久性、遮音性共に問題ないようだ。二人分の足音が打ちっぱなしのコンクリート壁にこだまする中、なにかを見つけたエフが扉の前で立ち尽くしていた。
「管理室」
端的に言ってエフが指差した先には管理室と書かれたプレートがあった。
ドアに手をかけると幸い鍵はかかっていないようで、舞い上がる埃にせき込みながらスライドさせると少し広めの室内には誰かが持ってきたであろうシングルサイズのベッドと机、椅子が置いてあった。
「中は案外キレイだ」
長年誰にも使われていないせいか、室内は清潔に保たれている。支給されてくる補給物資やら生活用品を置いたとしても男一人で過ごすには十二分だろう。
「カナタの拠点?」
「そう、なるかな」
「良かった。ぱちぱち」
無表情のままエフは拍手してくれる。他の二人に比べれば、彼女は比較的落ち着いているというか、感情の振れ幅が少ないのかもしれない。
鞄を置き、家具や備品をチェックしてみるが使用には問題なさそうだ。時計を見るとすでに日はまたいでいる。付き合わせるのも悪いし、エフには自分の拠点に戻ってもらった方がいいかもしれない。
「遅くまで突き合わせてごめん。戻っても大丈夫だよ」
「私もここがいい」
想定していない答えに驚くとエフは早足で部屋を出ていったのだが、呆気に取られている間に両手で抱えられるほどの荷物を持って帰ってきた。
「あそこ、好きだけど寒くて雨風しのげない。でも、ここはカナタもいるし暖かい」
「そうかも、しれないけど……」
相手はヴェリムとはいえ、女の子。一緒の部屋に寝泊まりするなんて、と悶々と考える僕を尻目にエフは早々に荷物を置くと備え付けのベッドに寝転び、すやすやと寝息を立て始めた。
「僕のベッド……」
どうやら、しばらくは床で寝ることが確定したらしい。
鞄から取り出した小さな毛布に身をくるみ、冷たく硬い床に寝転ぶと想像以上に付かれていたのかすぐに意識は深くに落ちていた。
翌朝、窓から差し込む光で目を覚ますとエフは既に起きていたようで、窓の外を眺めていた。
「おはよう」
「見て」
変わらず、一方的な会話ではあるがエフが示す先には透き通った小川と荒れ果ててはいるが畑のようなものがある。確か、食料は定期的に補給されると聞いたが前任の管理者がここで仕事をしていなかった状態ではまともに支給されるかどうかも怪しい。気づけば、鞄に持ってきた水筒以外食料も水分もない。
「自給自足も視野に入れるべき、か」
「じきゅーじそく?」
「自分でご飯の材料とかを作るってこと、かな」
「やってみたい」
ぶんぶんと興味津々に腕を振って見せるエフ。
一から畑を整備するとなると大変であるが、せっかく興味を持ってくれたのなら一緒にやってみるのもいいのではなかろうか? 土いじりなら幼い頃からやっているし、どうにかなるだろう。
「早速やってみる?」
「うん」
軍服の上着を脱いで袖をまくる。
鞄から水筒とタオルを取り出し、急かすエフの後について管理室を後にした。
畑は施設の入り口横から側面一帯に広がっており、V-97が拠点としている裏庭とは分厚い壁で仕切られている。どうやら、他の二人のテリトリーを侵害する恐れはなさそうだ。外側から一望してみると収容施設は二階建てになっており、中央に庭園、一階には食堂及び風呂やトイレ。付け加えて各階層に規模は違うが七つほど部屋があるようだ。
仕様書で読んだ通り、ヴェリム数十人程度が暮らせるほどの規模がある。
近くの倉庫の扉を開けてみると設立当初のままなのか、農作業用の道具やちょっとした備品などが埃をかぶって置かれていた。
「じきゅーじそく、出来そう?」
「どうにか、ね。よし、耕すところから始めようか」
鍬を二本取り出し、エフに渡すと不思議そうに両手で抱えていた。
「武器?」
「ちょっと違う、かな。見てて」
伸び放題になっている雑草もまとめて耕してしまった方が楽だと振りかざした鍬で適当に畑を耕していく。エフも危なっかしくはあるが、見様見真似で少し離れたところから同じように耕し始めた。
幼い頃から慣れているとはいえ二人で耕すには大きすぎたのか、全面を掘り返すころには僕はへとへとで座り込み、エフは余裕そうだが軍服も顔も泥の跳ね返りで汚れていた。
「次は?」
「種を撒いたりするんだけど、今手元にはない。今日できるのはこれくらいかな」
「そう」
「どうだった?」
「戦うよりは有意義」
エフは、ぼそり、と呟いた。
戦うことより、か。少しは興味を持ってくれたのだろうか? エフは多くを語らないが、素直ではあると思っている。立ち上がって汚れを払うが洗濯しないと落ちなさそうだ。備品はそろっているし、風呂場に洗濯機くらいあるだろう。
ヴェリムも風呂くらいは入るだろうし、汚れたままが好きな女の子はいないはずだ。
「一階に、シャワー室あったよね」
「ある」
「入ってきたら?」
「なぜ?」
「なぜって、汚れたままは嫌じゃない?」
「気にならない。作戦中は返り血や泥でもっと汚れる」
エフは表情一つ変えない。戦場を知らない僕と過酷な戦場で長く過ごしてきたエフとでは価値観が違う。わかってはいたが改めて実感してしまう。
「でも、命令なら入る」
「命令……、か」
本来なら命令する権利なんてない。
命令にのみ従い、行動する。彼女たちの境遇を考えると心が痛んだ。
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