ヴェリム

 ここで初めて会う、僕以外の人間に緊張で声が上ずる。


「今日からここの管理者になったカナタ・メルドです。貴方は前任の管理者ですか?」

「管理者? ああ、管理者」


 少女はぼそっと呟き、ボロボロの軍服を翻して立ち去ろうとする。

 予想外の行動、まるでこちらのことなど気にも止めていないように見える。


「あ、あの?」

「なに? 何か用?」

「用というか、質問に答えてもらえるとありがたいといいますか……」

「私は管理者じゃない。管理される方」


 すぐさまこの子がヴェリムだということを悟った。

 授業ではなく、実際に一対一で対面するヴェリムは見れば見るほどに、言葉はたどたどしいが仕草や表情は人間に相違ない。戦場を見たことはないが、実際に彼女たちが戦っている姿を想像すると胸が痛んだ。


「……あの、質問ばかりで申し訳ないのですが、ここでやること知っていたりしますか?」

「敬語、いらない」

「りょ、了解」

「質問の答え、知らない。来たばかりだから」

「そっか。詳しい人いたりする?」

「質問ばかり」

「ごめん。でも、なにも知らなくて」


 困ったように頭を掻くとヴェリムの少女は建物の二階を指差した。


「二階、赤い髪」

「ありがとう」


 詳しくはわからないが、そこに彼女の中ではこの施設に詳しいとされる誰かがいるのだろう。鞄を拾い、敬礼をして庭園を後にしようと思ったがまだ名前を聞いていなかったことに気づいた。


「君、名前は?」

「名前? 個体識別番号はF-21」

「よろしく、F-21」


 つい聞いてしまったが彼女たちは個体識別番号を名前代わりにしていることを忘れていた。照れ隠しに手を振ってみるが、F-21は空を見上げるのに夢中でこちらなど気にもしていない。不安は募るばかり、一度休みたいが先に挨拶は済ませてしまおう。庭園を出て階段を上り二階の廊下を進んでいくと会議室があることが分かった。


 ここにF-21の言う人物がいるのだろうか? ノックをしてみるが返事はない。中の様子を探ろうと静かに戸を開けると奥の壇上に足先近くまで伸びた赤髪が特徴的な長身の美少女が不機嫌そうにつり上がった琥珀色の瞳でこちらを睨んでいた。


「誰だ、てめえ」

「は、はじめまして。僕は今日からここの管理者になった……」

「聞いてねえ!」


 返答が癇に障ったのか、少女は近くにあった椅子に蹴り飛ばし見るからに先だった様子で声を荒げた。


「オレの質問にだけ答えろ。お前、敵か? 味方か? 敵なら殺す」

「い、一応味方だけど……」

「そうか、じゃあ消えろ」

「え、えっと?」

「聞こえなかったのか? き、え、ろ」


 聞く耳持たず、当然ながら会話など成立する様子もなく、選択肢はその場を立ち去ることだけだった。急いで部屋を出て大きく息を吐く。考えるに、彼女もヴェリムなのかもしれない。ヴェリムの中には戦争で疲弊し感情が抑えられなくなり、コミュニケーションが上手く出来ない個体もいると聞く。おそらく、彼女もそうなってしまったのだろう。


 収穫のなさに肩を落とし大きなため息と共に階段を降りる。名前どころか施設のことも聞けなかった。どうしようもない状況に悩まされながら庭園に戻るがすでにF-21の姿はない。話の出来そうな相手だっただけに、残念である。

 なにも把握できていないのに、どうやって仕事をしろと? 上層部はもう少し情報をくれたっていいのではなかろうか? 近くのベンチに腰掛け背を伸ばすとどこかから鼻歌が聞こえた気がした。


「向こうの方から聞こえる」


 ご機嫌そうな鼻歌はF-21でも、まして先ほどの不機嫌そうな赤髪の少女ではないだろう。音のする方へ歩いていくと、肩の辺りで切りそろえられた茶髪に翡翠色の瞳をした発育のいい美少女が呑気そうに足をばたつかせていた。


「ん? 誰っすか?」

「邪魔してごめん。僕は今日からここの管理者になったカナタ・メルドって言うんだけど」

「新しい管理者さんすっか。珍しいっすね、管理者さんがここに来るなんて」

「珍しい? どういうこと?」


 ようやく出会えた話の通じそうな相手に思わず前のめり気味に質問を投げかけてしまう。面倒くさがられるかと思ったが、少女はとんとんと自分の座るベンチの隣を叩いた。


「どうやらなんも知らないみたいっすね。ウチが知ってることで良ければ話しますよ」


 安堵の息が漏れた。肩に重たくのしかかっていた不安は羽が生えたように軽くなる。お言葉に甘えるように隣に腰を下ろすと少女は順序だてて色々教えてくれた。


 この施設はエンドとして余命が一年以内の少女が余生を過ごす場所であり、現在三人のヴェリムが施設にいるが基本的に軍は干渉していないらしい。そのためか管理者とは名ばかりで実際に彼女たちを管理する人物はここに駐在することはなく、挨拶に訪れたとしても赤髪のヴェリムK-10に追い返され二度と来なくなるらしい。結論を言えば、左遷。言い変えるなら何か問題を起こした軍人が罰則として任命される役職らしい。


「お兄さんも何かしちゃった感じっすか?」


 にやにやとこちらを見るV-97。どうやらこの子もヴェリムであるらしく、一番長くここにいるらしい。


「特に覚えはないけど……」

「あはは、じゃあ可哀想な人っすね」


 等身大の少女のような笑みをこぼすV-97は先ほどの二人に比べればコミュニケーションも表所も豊かであった。ここで仕事をする間、色々お世話になりそうだしきちんと挨拶をしておかねばと手を差し出すとV―97はきょとんとした様子で眉を上げる。


「なんすか?」

「改めてよろしく、と思って」

「……あんたバカっすか?」

「へ?」

「ウチらどんなに長くても一年以内に死ぬ運命なんすよ? なのに、よろしくって。バカにしてんすか? 戦争に使うだけ使って戦えなくなったらここで死ぬまでぼうっとしてろってだけでも相当なのに、今度は仲良しごっこでもさせるつもりっすか。……ふざけんな」

「違う、けど」

「違くないっすよ。どうせ、あんたも近いうちに、いや赤髪にどやされたら明日から来なくなるかもしれないってのに。仲良く握手なんてするわけないっす。エンドとして役立たずって言われるなら皆と同じように戦場で……どっか行ってくんないっすか? 機嫌悪くなったんで」


 V―97はそう吐き捨て、二度と口を開くことはなかった。

 自分が愚かだと思った、大丈夫そうに見えてもヴェリムは戦争で道具のように使われている存在。大なり小なり、人間を恨んでいてもおかしくない。V-97のように感情豊かなヴェリムは特に些細な言葉や態度に注意すべきなのに、今更人間と仲良くやろうなんて提案を鵜呑みしてくれるはずがないのだから。


 あれから数時間が経ち、辺りは薄暗くなって施設の電灯が光を放ち始めた。初日から問題は増えるばかりで解決策は見えていない。飛ばされたに近いと知ったが、初めての仕事。頑張ろうと意気込んできたが、すでに心が折れそうである。本部に戻っても他の仕事はなさそうだし、送り出してくれた家族に余計な心配をかけたくない。

行く当てはここ以外にないのだが居場所がない。

庭園のベンチに背中を預け星空を眺めているが、どうするかは決まっていなかった。


「どうしよ」

「どうしよ、とは?」

「なにもわからないってこと。……って、ええ!?」


 自然に会話に入ってきたことに気づかずに返したが、横を見るとどこから現れたのか、F-21が行儀よく座ったまま首をかしげていた。


「いつから?」

「さっき」

「気づかなかった」

「気配は殺すように言われてる」


 最前線で戦う内に身につけたのであろうが、今ばかりはやめてほしい。

 人と同じ姿をしながら人間の身勝手で戦うことを強いられているヴェリムたちだが、戦場から離れた今、なにを思うのだろうか? 大きく息を吐いてF-21に向き直る。


「君は、ここでどう過ごしたい?」

「どう、とは?」

「やりたいこととか……」

「知らない。知っているのは戦うことだけ」


 言われて気づく。彼女たちは製造されてから戦うこと以外のことを知らない。

触れ合うことも、遊ぶことも、学ぶことだってさえ。人間なら当たり前のことが、彼女たちには許されていなかった。人間の身勝手で製造されて使えなくなったら破棄される。生き抜いたのなら、残りの時間が短くても生まれて良かったって誰かが教えてあげるべきじゃないのか? 戦って死ぬだけが生きることじゃないって。


「決めた。僕は君たちに生きることを教えるよ」

「生きる?」

「そう、生きる。笑って、泣いて、楽しんで。色々なことをするのが生きるってこと」

「わからない。わからないけど、やってみたい」

「ほんとに!?」

「うん」


 F-21が理解してくれたのかはわからないが、大きな進歩である。

 気合を入れるように頬を叩くと、F-21はくい、と袖を引いた。


「……一つ頼みがある」

「なに?」

「名前、ほしい。さっき答えられなかった」

「名前、か。……え、エフ、なんてどう?」

「エフ、了解」


 F-21だからエフ。我ながら安直だと思うが、名前を気に入ったのかエフの口角は微かにほころんだように見えた気がした。

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