エピローグ
エピローグ
「はぁ……」
机の上は、水面のように冷たい。あらゆる現実に疲れ切ったわたしは、ただいま絶賛べったりと机に頬を貼り付けている最中にあった。
人の家の机にこんなことをするのはいかがなものか、とも思うのだけれど、本当に疲れているのだから仕方ない。そもそも、寮の自分の部屋はもうまったく心が休まらない空間に変わってしまったし。それに家主……いや、家主の娘か。とにかく部屋の主であるソーマは、特に止めたりせずにわたしの髪を結っている。
「お疲れだね」
「疲れますよ、そりゃあ……」
「一躍時の人だからね。おかげで私は少し肩が軽くなったよ」
「わたしはおちおち外にも出られなくなっちゃったんですけど」
先週の日曜日。白竜冠が開催された日。
その日、キングマジックジャーナルの号外を手にしなかった王都の住民はいなかったとまで言われている。明かされたフレザリオの正体と、万能の魔女ソーマの陥落。それに少しおまけに、イザベル・リンデ・イナスチア・ノルボースも合わせ、三人が友人関係にあること。
この状況ならイザベル嬢も何も言うまいと思ったのか、あるいはつい筆が乗って書いてしまったのかはわからないが、いずれにせよ、わたしがイザベルさまを止めたという事実には感謝してほしい。
その日から、今日で一週間。この一週間、わたしはあらゆる人間から、あらゆる目的で追いかけられていたのだった。ソーマへの盛り上がりを見ていたときは、大変だなあとは思いつつ、少々の羨ましさも捨てきれなかったのだけれど、やられてわかった。普通に困る。
ふと寮のカーテンを開けたら目の前に人が張り付いていたときは本当に腰が抜けるかと思った。あれから寮の自室ではうまく眠れなくなってしまったくらいだ。
「まあ、そのうちある程度は収まるさ。そら、できたよ」
肩にとんと手を置かれ、姿見のほうを見るよう促される。黒い髪はわたしのものじゃないみたいに綺麗に結われていて、少し心が躍った。
「ありがとうございます」
「しかし、そうこう言いながら出かけるとは、君もなかなかよくやるよ。そんなに大事な用事なのかい?」
「ええ、まあ。イザベルさまとデートなので」
気休めに色付き眼鏡をかけて、うーんとひとつ伸びをする。
「へえ? プランはなにか?」
「とりあえず、白猫とムササビを買おうかと」
猫はイザベルさま。ここは譲れない。
ムササビはわたし、かもしれない。イザベルさまにも訊いてみようと思う。やっぱりウサギだと言われるというのもあり得るが。
あの日の三匹のことを思い返したのか、ソーマの声が弾む。
「それはいい。私も来月のデュエットを楽しみにしているよ」
「デュエット?」
「あるいは、デュエルだ」
ソーマが左手をわたしに差し出してくる。
「金竜冠、私の手から奪ってみろ。次は負けない」
「……はい。次も、わたしが勝ちます」
握手の上で決意の視線を合わせると、お互いの口元がなんとなく緩んだ。
フレザリオの物語は終わった。けれど、これからはわたしの物語が、わたしの人生が続いていく。それはまだ何も見えなくて、闇夜を歩くようなものだけれど、手の中に星を掴んでいるのなら、きっとそれも怖くなかった。
扉の外から響いてくるぱたぱたという足音。イザベルさまの付き人に据えられた彼女は、ときおりこうして伝言役にやってくる。
まだ少し雑なノック。
「どうぞ」
ソーマが返事を返す。イーチナさんがやってきた。
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