第二章 進める自分

第6話 白猫との閑話

 翌日。空きコマになっている昼食後の時間。

「んんん……駄目。思いつかない」

 わたしは図書館で、開いた個人魔導書グリモアを前に頭を抱えていた。

 ソーマさんは、気晴らしとヒントの獲得を兼ねてお出かけを提案してくれたのだろう。それには甘えたいところだが、しかし、それを頼りに手を止められるほど、わたしは単純じゃない。

 それはむしろ、最終期限だ。それで無理だったら、と考えると、ソーマさんから見てわたしは何の役にも立たない非協力的な協力者にしかならない。あの優しいソーマさんでも、さすがに「君は思ってたより駄目だな。やっぱりフレザリオのほうがよかった。チェンジ」なんて言い出して、挙句フレザリオがわたしだとわかって絶望する、そんな展開に転がるかも。

「駄目だ、それは」

 わたしだって、裏切りたくて期待を裏切っているんじゃない。何か、何かやらないと。

 かなり切迫した危機感から、わたしはいまだに魔法開発に苦心しているのだった。

「とはいえ結局、裏切るのには変わらないような……」

 残酷にも、目の前で小一時間真っ白のままの帳面が、それを証明している。深い無力感をそのまま机に向けて吐き出していると、不意に肩に手が置かれた。

「ぴっ!」

「貴女の悲鳴、面白くて好きですわ」

 見上げた右手の持ち主は、言葉に反して呆れ顔。皮肉だろうことは想像に難くなかった。

「イザベルさま。珍しいですね、この時間にお会いするのは」

 もっぱら学徒食堂で食事を取るわたしとは違って、イザベルさまはどこか学外の、きっととても高級なレストランで食事をしている。その上三時限目が空きコマとあらば、公務にしろ私事にしろ、そのまま学外で過ごされていることがほとんどだ。

「今日は特に用事もありませんでしたから。それで、貴女が駄目、駄目、まるで駄目なんて独り言を呟いていたのは、察するに、ソーマとの魔法研究の宿題かしら?」

「ど、どこから見てたんですか……」

「見ていなくてもわかるわ」

 隣に座ったイザベルさまは、ひょいとわたしの個人魔導書を持ち去ると、手の中でぱらぱらと捲ってから、やや雑に机に放った。

「どれだけ進んでいないのかと思ったら、まだ始まってないじゃない。あと、授業用と研究用は分けなさい。後々不便ですわよ」

「返す言葉もないです」

「そもそも、どんな研究をしているんですの?」

「え、あ、あんまりそういうのって、他人に言っちゃだめですよね……?」

 ギロリ、と猫の夜目のような視線がわたしを射抜く。

「その管理意識は立派だけれど、貴女、わたくしを他人だと仰るの?」

「ご、ごめんなさい! け、結構広い感じで。流転属性の再評価を促すような魔法を、というような雰囲気、なんですけど」

「ああ。意外にも堅実な研究ですのね」

 堅実、なのかな?

「ご時世ですから。フレザリオ様が開拓した土地を我先にと奪い合っているのですわ」

「そ、そうなんですか……?」

 というかいま、口に出したっけ。

「まあ、上手くはいっていないようですけれど。おそらく何か認識が足りませんのよ。そしてフレザリオ様は世界でひとりだけ、そこに続く鍵を持っている」

 どう、なんだろう。思いつくものがないではないけれど、言葉で説明はしにくいし、まして研究成果として広く受け入れられるとは思えなかった。

「だから、わかりやすい成果を出すことは、諦めたほうがいいかもしれません」

「え、でも、じゃあ研究は……?」

「これでは駄目だ、という証明も、また成果には違いありません。だからシンプルに、自分の頭に浮かんだ魔法を考えてみなさい」

「そ、それが浮かばなくて」

「そこまでは面倒見切れませんわよ」

「それに……やるからには、成功したいじゃないですか……?」

 失敗に価値があるとはいっても、それは後を追う成功の助けになるからで、失敗それ自体に価値があるかといえば、当然ない。バツはバツだ。わたしはわたしが認められたい。

「……勝手になさい。応援だけはしてあげます」

 突き放すような言葉とは異なり、イザベルさまは優しいほほえみを浮かべ、四時限目が始まるまで、わたしの隣にいてくれた。

 イザベルさまが隣にいてくれると、安心する。ソーマさんとは少し違う。

 身分から何まで気を遣うし、ちょくちょく虐められるものの、別にそれは嫌ではない。なぜかはわからない。これからもずっとそう続いていくことを願って、いいや、信じていた。

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