第2話 決闘
構内を巡りながら、ソーマさんの姿を探す。やがて大講堂で見つけた彼女は、何人かの女子学徒に囲まれているところだった。考えるまでもなく、彼女のファンだろう。
魔法演舞成績はもちろんだが、ソーマさんはビジュアル的にも人目を惹く。
きらびやかな金髪に若草色の瞳、おまけに高身長。別に男性的な特徴が目立つわけではないのに、王子様としか形容できない容姿だった。
女性人気が高いのも頷ける話だ。
「さ。応援くらいはしてあげます。頑張りなさい」
とん、とイザベルさまに背中を押され、わたしはおそるおそるソーマさんに近づいていく。
やがてこちらに気づいたソーマさんと視線が合った。
「あ、あの。ソーマさん。えっと、わたし、四十六期生の、フィオーレ・ララベルです」
「はじめまして。ソーマ・ヴィ・クラインだ。何か私に用事かな?」
きらっと輝く笑顔の後ろで、何を急にやってきてこの女、とか、ソーマ様に話しかけるなどなんて身の程知らずな、とか、いろいろと陰口が聞こえてくる。怖い。
わたしだってこんなキラキラした人に話しかけたくはないです。
「はい。その、身勝手なお願いなのですが……どうぞ」
左手を手袋から抜いて、そうっと差し出してみる。
その瞬間、周りの喧騒が三倍増しくらいでわたしの総身に突き刺さってくる。視線だけで殺されそうな勢いだ。
やっぱりやめておけばよかった。どうせ勝てないんだし。こんなことになるくらいなら、イザベルさまのご機嫌を取るほうが百倍楽だ。
ほんとなにやってんだろ、わたし。
ああ、なんか、ぐるぐるしてきた。
謝ってその場を離れようと顔を上げたところに、しかし、ソーマさんの笑顔があった。
「──承知した。それでは、もう少し広い場所に移ろうか」
ソーマさんがわたしの手に、手袋を抜いた左手を重ねる。素肌の温もりがあたたかい。
「何をそんな顔してるんだ。私は君の誘いを受けると言ったんだよ。魔法演舞の起源は決闘、一対一の真剣勝負。相手さえ揃ったのなら、それ以外の全ては雑音だと思えばいい」
「雑っ……」
周りを右左と見回してみるが、ギャラリーの皆様はキャーソーマさん素敵ーとしか言っていなかった。盲目にもほどがありはしないだろうか。
「ほら。行こう」
「は、はい。ありがとうございます」
そのまま左手を引かれて講堂を出る。ソーマさんが扉を閉じた瞬間、背中に感じていた視線の数々がふっと軽くなった。追いかけてくるかのような勢いだったけど……。
見れば、扉の取っ手には即席のかんぬきがはめ込まれ、物理的に開かなくなっている。
えぇ……?
かすかなマナ反応の気配を辿ると、ソーマさんの腰に吊られた剣の鞘の隙間から、わずかに黄色みを帯びたマナ反応光が漏れ出ていた。創造属性の魔法だ。
「あ、あれ、いいんですか?」
「あの程度のものなら、外からなら簡単に破壊できるだろう?」
内からは破壊できないじゃないですか。
「それはそうなんですけど。その、あとでソーマさんが大変になったりしませんか? ファン、ですよね?」
「ああ、そういう意味か。あの手の子たちは、わざわざ追い払いこそしないが、別に側にいてほしいわけでもないからね。それより、決闘相手のコンディションのほうが大事だよ」
冷淡なのか優しいのか、よくわからない回答だった。
時間が半端なせいか、廊下の人通りは少ない。確かあの講堂、次の時間は授業なかったような。本当に大丈夫かな。
「あのあたりでいいかな」
廊下を一度右に折れると、すぐに中庭が見えてくる。中庭と言っても簡単なもので、芝生の周囲に植え込みが設けられている程度のものだ。前庭が手が込んでいる反動かもしれない。
あるいは、その中庭の中心に円形舞台があったがために、手の入れようがなかったのかも。それは学園設立当時の歴史的な何とかというもので、傍らの石碑にはそのあたりのあれこれが彫られている。だが、雨ざらしだし、特に立ち入り禁止でもないし、あまり大事にされている感はなかった。ソーマさんが決闘の場に選ぶのも自然ではある。やや古い演舞台なので、現在の公式な演舞台の規定よりは少し狭いが、今回の用途には十分耐えうるだろう。
「はい。お願いします」
中庭に降り、まっすぐに中心の演舞台へ。
ソーマさんが立ち止まった場所の対極まで歩き、ゆっくりと振り返る。
「始める前に、聞いてもいいだろうか。君はなぜ私に勝負を挑んできたんだい? 見たところ、血の気が多いというわけでもないのだろう」
考えるまでもなく、わたしは答えた。
「あなたの強さの理由を、知りたいからです」
かちりと見据えた先で、ソーマさんは満足そうに頷いた。
「成程。では、存分に。先手は君に譲ろう」
「よろしく、お願いします」
マナタイト剣を抜刀し、魔法を励起する。刀身が纏うマナは群青色。流転属性反応光。
同時に、右手袋の甲にあしらわれた完全保護宝珠の作動を確認する。
溜め込んだマナを使って致命的な被弾を無効化してくれる、マナタイト工学珠玉の逸品だ。護身用として広く普及しているほか、魔法演舞においては、この発動が演舞の敗北を意味する。
「流転属性のマナタイトは、あまり見ないね」
「そう、ですね」
ざらつく舌で同意を返す。
流転は、『移し替える』魔法。要するに、ただ位置を変えるだけの魔法。
だから流転属性は、必然的に出力に欠ける。ほとんどの流転魔法は、補助魔法か、ほかの属性を主格とする魔法の構成要素に過ぎない、という立ち位置だ。
だからやはり、流転属性をマナタイト核にしている人間は、すなわち流転属性を自らの主要属性と位置付けている人間は、そうせざるを得ない落伍者だけなのだった。
「でも、最近は見かけることもある。知っているだろう? 魔法史最強の流転使い、フレザリオ。君も彼に憧れて、その流転を纏うのかい」
一瞬、心臓を掴まれたような驚愕。
深呼吸を経て、それを奥深くに押し込めてから、改めて口を開く。
「単に、消去法です。わたしは、流転一極の魔法使いなんです。あとは破壊が三級適性なくらいで、創造は使い物になりませんから」
激化は、言うまでもない。適性なしだ。使い物にならないどころか、一切使えない。
「……愚かな時分の私であれば、きっと君を憐れんだだろうね。でも、いまは違う。私は流転の可能性を信じている」
風にふわりと諭されたかのような、美しい抜刀だった。しかしその直後には、嵐と見紛うほどの膨大なマナが彼女を中心に渦巻いている。
「だからこそ、手加減はしないよ。君の輝きを、私に見せてくれ」
翠緑色に発光するマナタイト。わたしはひとつ深呼吸してから、軽く腰を落とす。
「行きます」
構え、踏み出す。前進し続けなければ転倒するだろう、極度の前傾姿勢での疾走。
ソーマさんは、剣をだらりと流したまま、動く気配がない。言葉通り、わたしの初撃を待っている。爽やかな微笑を浮かべながら。
それを見て、わたしは、どんな顔をしているのだろう。
剣を握る左手にぐっと力を込め、マナタイトの導きを以て、不可視の妖精を手繰り寄せる。
もっと多く、もっと激しく。ぴりりと耳の先が引っ張られるみたいな感覚。視界が異常に透明度を増し、ソーマさんの血潮を流れるマナすらも透けて見えた。
剣身から迸るマナ反応光が、流転の理を提起し、魔法が発動。
周囲の光が根こそぎ巻き上げられ、わたしの剣先一点へと集中する。
「はぁあぁッ!」
がくんと滑り落ちるように距離を詰め、なけなしの破壊属性を添加して、一気に振り抜く。
単純な眩しさの上、光の放熱で空気が歪んでいるところに、急速の接近だ。
並大抵の人間なら、剣撃を対処する以前に、移動すら認識しきれない。
あとは魔法防御を突破できるか、できないか。
でも、ソーマさんは天才だから。
期待通り。あるいは、諦め通り。
ソーマさんの剣が流星のような白緑の反応光をたたえて、わたしの剣を迎撃する。
刃が噛み合った瞬間、相反属性が衝突し、激烈な魔法反応。荒れ狂うマナが電光に姿を変え、視界を横に流れていく。
「……これは……」
怪訝そうな声に耳を傾ける余裕はない。
初撃は防がれた。ならば引かなければ。
互角の状態から始まるなら、次を制するのは激化属性だ。剣に残っている光を無差別に放出して目くらましに使い、鍔迫り合いからするりと後方へ離脱する。
「素晴らしいね。実に素晴らしい」
「あ、はは。わたし、もう勝ち目ないですけどね」
「ふふ。つまらない冗談はやめてくれよ」
冗談じゃない。だって、あれがわたしの持てる最大火力なのだ。
それが完璧に防がれた以上、わたしには勝つ手段がない。このあとのどんな努力も、負けないための足掻きに過ぎないだろう。
激化属性、いいや、そこまでは言わない。
せめて、せめて創造属性にまともな適性があったなら。
破壊属性に、あと少しだけ適性があれば。
もう何百回、何千回と繰り返した呪いが、口の中を反響する。
「では、次は私の番だ」
言うや否や、圧縮空気をバネ代わりに、ほとんど瞬間移動みたいに距離を詰めてくる。
決め打ちで上段を防御すると、運よく打ち込みはその場所に来た。だが、接触の瞬間、斬撃から分離した魔法衝撃が、わたしの剣をすり抜けて首元まで伸びてくる。
「っ!」
なんとか保護魔法が間に合い事なきを得た。
が、息つく間もなく次の攻撃が、次の次の攻撃が来る。
一合重ねるごとに体勢は不利から不利へと転がり落ち、出来た穴をこじ開けるように、攻撃はさらに激しくなる。もう自分がどうして防げているのかすらわからない。
しかしそれにも限界はある。大きく跳ね上げられたマナタイト。がら空きの胴に向け、決着の一突きが──と、ギリギリそこで、打ち合いの間唱え続けてきた魔法が編み上がる。
転移の魔法。わたしの身体がソーマさんを軸に、ぐるり反対側の空間へと瞬間移動。
目の前の背中に向けて、マナタイトを叩きつける──が、振り向きざまの一閃がわたしの剣と激突し、殺しきれなかった衝撃が彼我の距離を引き離した。
「っはぁ、は……っ」
「あの極限状況で、転移なんて高度な魔法を編めるとはね。しかし流石に限界かな?」
「限界は、最初から、です」
つうと垂れてきた鼻血を拭う。
そう、限界は最初から。魔法には何より集中力が要る。このわたしには、それがない。
「はは。いずれにせよ。衆目が集まってきてしまった」
視線を動かすと、わたしたちを取り囲むように、中庭を埋め尽くすほどの人だかりができている。そうじゃないかとは思っていた。ずっと、感じていたから。
色んな視線と色んな声が、わたしに向けて飛んでくるのを。きっとわたしは、ひどく滑稽に見えていることだろう。きっと誰もが、わたしを笑っているのだろう。
わたしとソーマさんとでは、何もかもが違い過ぎるから。
「そろそろ、決めようか」
獲物を見据えた猛禽のような笑み。
鮮緑のマナ反応、わずかに遅れて暴虐的な風が一面を吹き荒らす。流転保護がある程度は受け流してくれるが、それでも立っているのがやっとだった。
悲鳴を上げる目蓋を無理やりこじ開けると、暴風の渦の中で、ソーマさんはゆうゆうと極大の魔法陣を練り上げているところだった。
術式の詳細ははっきりしないが、あれを撃たれたら負けることは間違いない。なら、撃たせないようにするしかない。転移の魔法を試みるが、身体はうんともすんとも動かなかった。
がちりと視神経の奥が揺れ、風を構成する粒子の一粒が、ソーマさんが統べるマナのひとつひとつが、うるさいくらい輝いて見える。その中心に立つソーマさんは、揺るぎなき荘厳を身に纏う、天上神の御使いみたいだ。
手を伸ばす。届かない。
わたしには届かない。
わかっていた、わかりきっていたことだろう?
「……さあ、フィオーレ・ララベル。これが君に受けきれるかな」
無理だ。できない。できっこない。
どうして、わたしはソーマさんみたいになれないんだ。
なのにどうしてソーマさんは、そんな、期待の眼差しでわたしを見るんだ。
「わたしを……見ないで……」
放たれる、掌大にまで凝縮された大暴風。
わたしは、わたしには、できることはなにもなかった。
迫り来る破滅が目前にまで達したところで、右手の宝珠が発動し、目の前の世界を消し去ったことだけが、戦いの結末だった。
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