第485話 牽制 下
料理はそこそこ美味しく、飲み物もいい葡萄を使っている。いい料理人を雇っているようだけど、全体的に薄い気がする。
出汁の文化はないとは言え、料理人は経験で旨味を知っているようで、汁物にその旨味が使われていた。
「……豊かなのですね、ムゼング領は……」
料理人は常日頃の仕事が大事だけど、その腕を知らしめるのはお客様がきたとき。それが高貴な方なら誉れでしょう。そこにぶつけるには運も必要だ。お城の料理長はその運も技術もあるってことだ。
「そうなのか?」
「ええ。ゴズメ王国のすべてを見たわけではありませんけど、いくつかの領地を見て、そこの食事を口にすれば領地の豊かさは見えてくるものです」
ここの料理長は素晴らしいわ。このスープに昆布出汁が使われているわ。きっと他の料理にも使われているはず。それがわからない自分の舌に泣けてくるわ。
「あとで料理長に面会を申し込んでもよろしいでしょうか?」
シェフを呼んでくれたまえ。なんて状況、異世界にきて経験するとは思わなかったわ。まあ、さすがにこの場に──。
「──料理長を呼べ」
って、呼ぶんかぁーい! この方、場を読むの下手か! この手のタイプは扱いに困るな!
ダメだ。比喩とか察しろとかできないタイプだ。下手に言うとこちらが食われてしまうわ。
厨房まで距離があるでしょうに、料理長と思われる男性が額に汗をかいて現れたわ。ごめんなさいね、不用意なことを言ってしまって……。
「料理長のマガラクルです」
とは、侍従長っぽい男性が料理長を紹介した。その料理長は意味がわからないって顔だわ。
「初めまして。マガラクル殿。わたしは、チェレミー・カルディムと申します」
料理長に体を向け、ベールを外して目を見て名を告げた。
「マ、マガラクルでございます!」
「突然ごめんなさいね。あなたの料理があまりにも素晴らしくて呼んでしまいました。とても美味しいものばかりだわ」
「え、あ、はい。あ、ありがとうございます」
「研鑽を積んだのでしょうね。料理のあちこちにあなたの技術と研鑽が見て取れたわ。特にこの澄んだ汁、芸術的だわ。長い時間煮込んだのでしょうね」
「はい。丸一日煮込みました」
「海藻が基になっているのかしら? これはあなたが見つけたの?」
「よくおわかりで。ミゲと呼ばれる海藻を乾燥させたものです。わたしの故郷でよく使われております」
海流がいいのかしら? 寒い地方でもないのによく使うようになったわね。
「ミゲね。とてもいい情報をいただいたわ。ラグラナ。あとでマルデガル殿に献上用の包丁をあげてちょうだい」
いくつか用意した献上品の一つで、あげる機会がなくて残っていたものだ。
「畏まりました」
「夜もあなたの料理を楽しみにしているわ」
侍従長っぽい人に目を向けた。
「マガラクル。下がりなさい」
料理長が一礼して下がったらベールをかけ直した。
「ありがとうございます。そして、食事を中断させて申し訳ございませんでした」
皆様に向かって頭を下げた。
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