第93話 にっこりんこ

 うん。普通に思いつくわけないよね。


 相手は大陸一つ支配する大国だよ。その中枢にいる存在よ。そんな存在をなんとかしろ? 無理じゃん。今も存在しているなら暗殺すらできないってことじゃない。完全無比に無理ゲーよ。


 しかも、帝国の内情すら知らず、コノメノウ様級の存在を排除しろとか頭おかしいでしょう。相手は国を守護する存在よ。たかだか伯爵の娘にどうこうできると思えるほうが間違っているでしょうが。


 乗りに乗っているペルシャにスリーハンドレットで挑むようなもの。まず勝てるわけがない。いや、そこら辺の歴史、まったく知らないけどね。歴史にまったく興味ないし。


「帝国の内情、どこまで話せます?」


「知る限りのことを話そう」


「裏切り者になりますよ」


 そして、わたしはS級賞金首。明るい未来がまったく展望できないわ。


「このままでは帝国が望まぬ方向にいってしまう。この首で済むなら喜んで差し出そう」


 わたしは喜んで差し出せないのだけど。


「チェレミー嬢に迷惑はかけない、と言っても説得力はなかろう。これを」


 と、なにか巻物を懐から出した。


「血判状だ」


 中世な世界観に血判状とか不似合いなものを出してきたこと。


「それを取ったら後戻りできなくなるぞ」


 コノメノウ様が最終警告とも忠告とも取れることを口にした。


「それなら戻れるところでブレン様を排除しなかった理由はなんですか?」


 コノメノウ様はこの国の守護聖獣。ブレン様なんて害でしかない。さっさと始末すればよいものを話を盗み聞きし、こうして姿まで現している。


「この方はコルディアム・ライダルス王国を守る守護聖獣様。帝国の影に潜む存在と同等。まあ、なぜここにいるかは察してください」


 わたしは察しているのでなにも言いません。


「コネメノヒメが気に入らん。ただそれだけだ」


「なら、一泡吹かしてやったら少しは気が和らぎますか?」


「国家転覆に匹敵する知恵でもあるのか?」


「まったくありません。ですが、そこが間違っているとも言えます」


 そもそも帝国を影で操っているってところがコネメノヒメの限界を教えているようなものだ。


「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵。まやかしで人を纏めようなんて砂で城を築くようなもの。コノメノウ様が嫌うと言うことはコネメノヒメは知恵は回るのでしょうが、性格は不真面目で場当たり的。根回しは色仕掛け、ではありませんか?」


 逆にコノメノウ様は真面目で考慮に考慮を重ね、人との繋がりをなにより大切にしているわ。


「人より超常な力を有していようと、その精神は人となんら変わらない。わたしから言わしてもらえばコネメノヒメはお人形で遊ぶ子供と同じですよ」


 超常な力がある選択肢はたくさんあるけど、思考は人と変わらない。いや、そこにゲスの思考も混ざっているわね。


「ふふ。そなたにかかれば妖姫も子供扱いか。これは傑作だ」


 ただ、帝国と言う大きな力を纏っているから厄介な子供なんだけどね。


 テーブルに置かれた血判状をひょいとつかみ、紐をほどいて中を見た。


 帝国語で書かれているけど、文字数からいってそうそうたるメンバーの名前が書かれているんでしょうね。


「本気と言うことですね」


「ああ、本気だ」


 巻物を戻してブレン様に返した。


「少し、お時間をください」


「わかった。よろしく頼む」


 椅子から立ち上がり、床に片膝をついて頭を下げた。


 ラグラナに手を振り、ブレン様には下がってもらった。


 しばし宙を眺めていると、視界にラグラナの顔が入ってきた。


「ちゃんと生きているわよ」


 あなたの生存確認法、ちょっと顔を近づけすぎよ。油断してたらチューしちゃうからね。


「砂糖たっぷりの紅茶をちょうだい。温めで」


 頭をフル回転しすぎて糖分不足だわ。


 甘々な紅茶をもらい、いっき飲み。あっまー! ほんとんど砂糖じゃないのよ。もー。


「どういうつもりですか?」


「どうとは?」


「不利益ばかりでお嬢様に利益はありません」


 確かにそうね。リスクばかり高くてリターンが少ない。まあ、報酬に関してなにも話し合ってないけどさ。


「コノメノウ様はどうお考えで?」


「そなたなら一泡吹かせそうと思えてきている。実際どうなのだ?」


「嫌がらせでいいなら四つくらい思い浮かびました」


 排除まではいかないけど、きっとイラってはくるでしょうね。


「悪い顔をしておるぞ」


 おっと。可愛い顔可愛い顔っと。にっこりんこ。


「神も恐れぬとはそなたのことを言うのだな」


「コノメノウ様は神様なんですか?」


「ただ、知恵をつけた獣だ」


「じゃあ、神でもないただの悪戯狐を恐れる必要はありませんね」


 わたしは知恵を与えるだけ。実行するのはブレン様たち。楽なもの……ではないけど、胃を痛めることはないわ。


「お嬢様はなにを望むのですか? まさかブレン提督に同情した、なんてことはありませんよね」


「そんな風に見えた?」


「いえ、なにかとんでもないことを考えている風に見えました」


 さすがラグラナ。わかってるぅ~。


「なにを求めるつもりだ?」  


「王国と帝国との貿易協定、とかですかね?」

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