第92話 コネメノヒメ

 ちゃんと正装を持ってきたようで、提督らしい姿で食堂に現れた。


「さっぱりさせてもらった。いい風呂だった」


「それはなにより。お風呂に入る文化がないので造るのに苦労しました」


「だろうな。よく造ったものだ。風呂好きなわたしとしては羨ましい限りだ」


 風呂好きなんだ。お洒落な雰囲気があるのはそのせいね。


「それでは船の上では大変でしょうね」


「ああ。だがまあ、たまに魔法で海水を沸かして入っているよ」


 それは筋金入りね。気が合いそうだわ。


「ブレン様は、お酒は?」


「ほどよく飲む」


 うん。酒豪がよく言うセリフね。


「米から造ったお酒に炭酸を加えたものです」


 コズエがブレン様にスパークリング清酒を出した。


「ほー。米を買い漁っているとは聞いていたが、まさか炭酸酒まで作っていたとは……」


 炭酸酒、ね。帝国の転生者もそこまで造れる技術を持っているってか。これは絶対なにかのチートを持っているわね。


「試行錯誤してやっと完成させましたわ」


「帝国の炭酸酒より甘くていいな」


「お帰りの際はお土産にお渡ししますよ」


 マゴットもすぐにエルコット大公国にいけるわけじゃない。一度、バナリアッテに戻る必要がある。一箱くらい余裕で載せられるでしょうよ。


「それはありがたい。遠慮なくいただこう」


 食前酒的なものを飲んだら料理を出す。


「帝国の料理、に近いものがあるな?」


「ええ。帝国出身の料理人を雇っております。王国の料理に変えたり帝国の料理に変えたりと、いつも食事が楽しみですわ」


 あれ食べたいこれ食べたいと言うときもあるけど、そうじゃなければ料理人たちに任せてあるわ。向上心のある三人だから毎日美味しいものを出してくれるのよ。


 荒事商売をしているだけに大食漢で、遠慮などまるでない。豪快に食べているわ。


 食べるのに集中して、これと言った会話もなく夕食は終了。ちなみに夕食の席にはマゴットもいましたよ。


「……コーヒーまであるのか……」


「食後はコーヒーが飲みたいので」


 砂糖とミルクは入れますけどね。


 食休みをしたらわたしの部屋に場所を移した。


「チェレミー嬢は、壺が趣味なのか?」


 棚に飾られた壺を眺めるブレン様。女性の部屋をジロジロ見るものじゃありませんよ。まあ、寝室じゃないので恥ずかしいものは置いてないけどね。


「ええ。見ていると落ち着きますので」


「若いのに渋い趣味をしている」


 確かに十六歳の乙女の趣味じゃないわね。


「なにかお飲みになりますか?」


「ワインをいただこう」


 ラグラナに視線を向けて出してもらう。


「ここは美味い酒が揃っているな」


「美味しい料理と美味しいお酒が揃っていれば人生は豊かになりますからね」


 たまに問題がやってくるのは困ったものだけど!


「それは羨ましいことだ」


 わたしは紅茶を出してもらい、話をする空気を作った。


 半分ほど飲み、ブレン様を見た。


「それで、わたしに会いにきた理由を聞いても?」


「今、帝国は一人の女に乗っ取られようとしている」


「人ですか? 妖獣の類いですか?」


「わからない。皇帝陛下に取り入って政治を好き勝手行っている。勇士が集まってなんとかしようとしているがどうにもならない状態だ。幾人かは政治犯として投獄されてしまった」


「コノメノウ様。そんな妖獣の類いに心当たりはありますか?」


「──気づいておったか」


 と、わたしの横に忽然と現れた。


「いえ、ハッタリです。コノメノウ様なら盗み聞きしているだろうな~と思って言ってみました」


 マジで盗み聞きしてやがったよ。びっくり~。


「……そなたは性格がひねくれておるな……」


「否定はしません。で、心当たりは?」


「コネメノヒメかヤクビニヒメだと思う」


「名前からしてコノメノウ様のお仲間ですか?」


 コノメノウ様が突然変異でなければ同族がいるはず。そして、何百年と生きている者がいるはずだわ。


「妖狐族を知っておるか?」


「お伽噺ていどなら」


 神の使いとか神の獣とも呼ばれ、いくつもの国を渡って生きているとか。そう言えば、元の世界にもそんなのがいたわね。なんだったかは思い出せないけど。


「お伽噺は史実だ。あの悪戯狐はおもしろ半分で国を滅ぼす。ヤクビニヒメはマロホナの英雄にボロボロにされてどこかに逃げたと聞く。おそらくコネメノヒメだろう。あやつは化けることに長け、魅了の魔法を使う」


「迷惑な狐さんです」


 おもしろ半分ってのが性格の悪さを示しているわね。


「対処法はありますか?」


「あるなら退治されておる。コネメノヒメは特に狡猾なヤツだからな」


「打つ手なし、ですか」


「わしにはどうしようもない。あやつとは気が合わなかったからな」


 性格が真逆ってことか。それは厄介な相手みたいね。


「だが、そなたなら気が合うかもな。よう似ておる」


 わたし、国を傾けさせる趣味はありませんけど。どちらかと言えば近づきありませんよ。


「チェレミー嬢、なにか手はなかろうか? あなたは帝国の策を見破った。その先見の知恵を貸してくれ」


 頭を下げるブレン様。わたしは答えず頭を動かした。 

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