第91話 スパイス

 ブレン・フォード。四十八歳。帝国南海艦隊を率いる提督で、伯爵の位も持ち合わせた人のようだ。


 南海とは、帝国と王国の間の海を差しており、ブレン提督はなにかあったら王国を攻める指揮を取るそうだ。


「とんでもない重要人物じゃない」


 なんでそんな人をわたしのところに連れてくるのよ? 外交がしたいなら王宮に言いなさいよ。わたしの管轄じゃないでしょう。


「あなたはわたしを国家反逆罪にしたいの?」


 会ったってだけで罪を被らされたるだけの存在だ。てか、よく王国に入れたわね。


 すぐに呼び鈴を鳴らしてラグラナを呼んだ。ちょっとどーゆーことよ?


「王宮では把握しておりません。おそらく密入国してきたのではないでしょうか?」


「他には? あれほどの人がきたのならそれなりの、いえ、退っ引きならない事情があるはずよ。王宮はなにもつかんでないわけ?」


「わたしには伝えられておりません」


「……つまり、王宮はそれだけのレベルと言うことね……」


 いや、王宮は王国内のことで精一杯ってことか。王国だけでも問題は山積み。外の国まで目を向けられないのでしょうよ。


「ラグラナ。あなたが証人よ。いいわね?」


 わたしの安全のためにも王宮の“監視人„はつけておかないと危険すぎる。一伯爵令嬢が国家権力に勝てるわけないんだからね。


「畏まりました」


 ハァー。多少のトラブルなら人生を活かすスパイスになるけど、劇薬級のトラブルなんて求めちゃいないのよ。ほんと、勘弁して欲しいわ……。


「な、なんか想像以上に不味かったりするのか?」


「この世からなかったことにされるくらいには不味いわね」


 下手したら全責任を押しつけられて首ちょんぱされかねないわよ。


「マゴット。これが終わったら来年の春まで遠い地にいってなさい。そうね。エルコット大公国でコノットを買ってきてちょうだい」


 席から立ち上がり、壁に飾っていた細身剣レイピアを二本外してマゴットに渡した。


「お遊びで創ったものだけど、素早さ上昇と強化、そして、炎と氷の付与を施した魔剣よ。売ればかなりの値段になるでしょう。エルコット大公国で売りなさい」


 エルコット大公国にはサツマイモのような芋があり、闘剣祭と呼ばれる武闘大会が有名なところでもある。そこなら金貨三十枚くらいにはなるでしょうよ。


「……今生の別れ、ってことかい……?」


「それなら来年の春までとは言わないわ。緊急避難のためよ。わたしは使い捨てにされるほど無力ではないわ」


 逆に利用してわたしの人生を活かすスパイスにしてあげるわ。


「そうだな。チェレミー様だしな」


「あなたはもっと人を褒める言葉を学びなさい。おじさんからも言われているでしょう。いつまでも行商人の感覚でいないの」


 十五の小娘が三十近い女性を叱るのもおこがましいけど、前世を足したら遥かに年上。娘、とまではいかないまでも歳の離れた妹みたいに感じるのよね。


「……わかったよ……」


 まったく、立派なのはそのおっぱいだけなんだから。


「そう言えば、ブレン提督は一人できたの?」


「二人、連れてきた。ブレン提督は一人できたかったみたいだがな」


 責任を負うのは自分だけでいい、って意気込みなんでしょうね。


「ブレン提督とはどうやって知り合ったの?」


「いつも米を買う商船の船長からの紹介だ」


 つまり、わたしを知ったのはその航海の前。米を買ったのは去年からだから二、三回くらいのときにマゴットやわたしのことを耳にしたのでしょう。


「ブレン提督はバナリアッテに草を植えていたみたいね」


 情報の伝わるのが早い。


 情報を集めて精査してブレン提督に届けられる。そこからブレン提督が精査して思考して答えを導き出す。かなり初期のほうでわたしの存在がバレている感じね。


「草って?」


「その土地に根づいて一般人として生き、情報だけを帝国に上げる存在のことよ」


 ブレン提督の草がいるってことは、違うところから植えられた草もいるってことだ。でなければ単独でこようとしないでしょう。目立ったら他の派閥に知られちゃうしね。


「ブレン提督は、コルディアム・ライダルス王国に伝手はないか、帝国と繋がりがある貴族がいるかね」


 わたしとしては後者だと思う。草を植えるならどこかの貴族と懇意にするはずだもの。

 

「まあ、話してみないとわからないか」


 あれこれ想像はできるけど、今から対応なんてできない。話を聞いてから動くしかないわ。


「ランとコノハに館の周辺を警戒させて。わたしの知らない影も出させなさい。マランダ村に潜んでいた影に知られたくないわ。いたら殺しなさい」


 コノハやコズエみたいな影がいたら捕獲したいけど、背に腹は代えられない。まずは我が身の安全だわ。


「畏まりました」


「ブレン提督と食事する前にお風呂に入るわ。マゴット。付き合いなさい」


 旅立つ前にマゴットのおっぱいを堪能しておきましょう。一年は見ることはできなくなるんだからね。


 ラグラナを下がらせ、アマリアに交代してお風呂場に向かった。


 うん。一年会えないからと洗いっこするのもいいかも。後ろからおっぱいを洗ってあげましょうっと。

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