第26話 モルチャカ

「この樽はなんなの?」


 なにか年期の入った樽が四つ。場所を取ったでしょうに。よく運んできたこと。


「蒸留酒だよ。帝国ではワインを蒸留したものが流行っているそうだ。まあ、まだ若いようでそんなに美味いもんじゃなかったが、熟成させると美味くなるそうだ」


 わたしは日本酒派だったのでブランデーのことは詳しくないけど、熟成したらってことはまだできたて、ってことでしょう? そんなものを運んだり揺らしたりしていいものなの? 温度管理とかあるんしゃないの?


「値段は?」


「大体二万ゴルタだ」


 金貨一枚。約十万円と言ったところかしら? 安いのか高いのかわからないわね。


「叔父様にでも送ってあげましょう」


 お父様もお母様もあまりお酒は好きじゃない。お呼ばれの席で形だけ口をつけるとか言っていた。けど、叔父様は飲兵衛さん。各地から名酒を集めるほど。わたしの付与で熟成させて送ってあげましょう。


「この箱はなに?」


「香辛料だ」


「あら、それはいいわね。カレーが創れるわ」


 米と言ったらカレーでしょう。わたし、カレーは豚肉派よ。


 箱の中には瓶詰めされたいろんな香辛料が入っていた。ざっと見、三十種類ありそうだし、元の世界のカレーには近づけられるわ。


「カレーってなんだ?」


「香辛料料理よ。帝国から運ばれてきたのならレイドーラも使えるはずね」


 香辛料があるならソーセージもいけそうね。ここの腸詰め、ちょっとパンチがなくて物足りなかったのよね。


「こっちの箱は、やたら厳重に梱包されているわね。危険物?」


 違法薬物はダメよ。


「それはモルチャカの卵だよ」


「卵?」


 なんのよ? こんな厳重にしなくちゃならない卵って? 竜の卵とか止めてよ。さすがにここじゃ飼えないわよ。


「帝国の北部で飼われている飛べない鳥だよ。あちらでは馬の代わりにされていて、無精卵の卵は食べられるそうだ。羽根も装飾品に使われるとも言ってたな」


 飛べない鳥? それってチョ──いえ、止めておきましょう。きっとダチョウのような生き物よ。


「この箱には魔法がかけられていて卵が割れるころに封が解けるそうだ」


「よくそんなものを手に入れられたわね」


 おそらく結界魔法を施されたものだ。それが安いとは思えない。金貨十枚しても驚かないわよ。


「ああ。雷の指輪と交換した」


 マゴットのおっぱいを守るために渡した護身用の指輪で、人を再起不能にできる雷撃を五回は放たれるものよ。いざとなれば売っても構わないとは言ってたけど、よくそんな怪しいものを買う人がいたわね。


「帝国の商人で見た目は怪しいが、商船を何隻も持つ大商人だそうだ。女の商人が珍しいと声をかけられてな、なかなか話のわかる御仁だった。チェレミー様のことを話したら凄く興味を持っていたよ」


 わたしの個人情報ダダ漏れね。まあ、別に隠すようなことでも構わないけど。


 伯爵令嬢が目立ちたくないとか言っても笑われるだけ。貴族社会で目立てばすぐに広がるわ。火傷を負い、婚約破棄されたわたしのことなんて社交界で知らない人はいないでしょうよ。


 ましてや指輪ライターのお陰で王宮までわたしのことが知られている。貴族社会で生き抜くには目立ったほうがいい。手出しされないくらいに、ね。


 もし、不利益な目立ち方したらさっさと国から逃げ出すわ。


「大商人ね。また会う約束でもした?」


「ああ。また来年くるそうだ。もしかするとここにもくるかもしれないな。お付きの者を撒いてまで出歩くヤツだったからね」


「大商人で変わり者か。中枢にもコネがあるっぽいわね。なら、喜びそうなのを用意しておきましょうか」


 それだけの人物なら隊商を率いてくるかもしれない。それに見合うものを用意しておかないとガッカリされちゃうわ。


「きっとチェレミー様と気が合うと思うよ。チェレミー様みたいに笑ってたからね」


「そう。それは本当に楽しみね」


 国内だけじゃなく国外の商人とも伝手が得られるのは喜ばしいことだわ。国内じゃ手に入らないものが手に入りそうだわ。


「で、このモルチャカはいつ頃孵化するの?」


「もうそろそろだな。日にちからして三日以内かもしれない」


「じゃあ、今のうちに世話をする者を雇わないといけないわね。マーナ。ラティアに家畜の世話をやれる者がいないか尋ねてみて」


「はい。すぐに伝えてきます」


「よろしくね」


 マーナが下がり、あるていど持ってきたものの見聞が終わったので、兵士やマゴットの部下に荷物を完成した倉庫に運んでもらった。モルチャカはわたしの部屋に運んでもらったわ。孵化見たいので。


「マゴットはいつまでいれそう?」


「五日くらいかな? また豆を集めてバナリアッテにいくよ」


「また豆が売れるの?」


「まだまだ売れるさ。豆だけを積む船まであるくらいだからな」


「……そう……」


 これは、ちょっと不味いかもしれないわね。


「マゴット。豆の買いつけは秋の中頃までにしなさい。あとは麦を買いつけなさい。箱をいくつか用意してあげるから。余るようならうちの倉庫を使って構わないから」


「なにか問題があるのか?」


「来年辺り、豆は暴落するわ。これは帝国がコルディーに仕掛けてきてるのね。豆が売れるとわかれば畑を増やす。豆はすぐ作れるからね。目先のことしか見えない者は麦畑を潰すかもしれないわ。これが国内でやられたら麦は高騰するでしょう」


 もちろん、わたしの考えすぎってこともある。けど、これはバブルだ。弾けたときが怖い。マゴットにはまだまだ働いてもらわなくちゃならないんだから損はさせられないわ。


「もし、損をしたらわたしが補填してあげるから麦を可能な限り集めなさい」


「チェレミー様がそう言うなら従うよ。ただ、知り合いの商人にも声をかけていいか?」


「補填をするのはあなただけ。他はしないわ。それでいいのなら好きにしなさい」


 そこまでわたしのサイフは大きくないのよ。


「わかってるさ。こちらの責任でやるさ」


 ハァー。面倒事にならないことを願うわ。

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