第23話 仮面

「ところで、説明書はないの?」


 それらしきものはないみたいだけど、ルールを覚えてきたってこと?


「あ、いや、露店商が珍しいものだと見せてくれて、安かったから買ったんだ。そのとき遊び方を聞いたんだが……忘れた」


 衝動的に買ったってことね。それ、商売人としてどうなのよ?


「まあ、いいわ。まだこちらでは出回ってないのでしょうから勝手に決めちゃいましょう」


 知的財産権やら特許などない世界。仮にあったとして国同士の条約なんてしてないでしょう。帝国とはそれほど交流があるわけじゃない。一部の諸侯が貿易をやっているくらいだしね。


「チェレミー様は、わかるのか?」


「なんとなくね」


 大丈夫。まだ駒の配置は覚えている。キングはここ。クイーンはここ。ナイト、ビショップ、ルークはここでポーンはこの列。作るのを諦めて何十年と忘れてたのに、意外と忘れないもね。トランプはババ抜きと七並べ以外は完全に忘れてしまったけど。


 相手方も並べると、中学時代の思い出が甦ってくる。まあ、陰者だったのでそれほど楽しいものは出てこないけどね。


 ポーンを一つ動かしてみる。


「マゴット。これを売り出すから遊び方を覚えなさい」


「わ、わたしがかい!?」


「そうよ。帝国で流行っているならいずれこの国にも流れてくるわ。知的遊戯は貴族社会にも受け入れられ、やがて庶民にも流れてくるでしょう。必ずどこかで需要が伸びる時がくるわ。指輪ライターのように、ね」


 この国も帝国も平和だ。戦争をするなら魔族とでしょうね。


 情勢はわからないけど、きな臭い臭いは伝わってきてない。なら、もうしばらくは平和でしょう。そうなると知的遊戯は受け入れられるでしょう。特に紳士会では、ね。


「木工職人を確保して、まずは貴族向けの高級のを百──いや、二百は必要ね。今年中に作りなさい。但し、質を落としてはダメよ。盤と駒には……そうね」


 ラグラナに紙とペンを持ってきてもらい、駒の動かし方を紙に書いていく。


「……うーん。よくわからんな……」


「まあ、一回で覚える人はそうはいないわ。こういうのは何度も繰り返して覚えていく遊戯よ。ラグラナ。覚えた?」


 横で真剣な見ているラグラナに尋ねてみた。


「なんとなくは」


 頭のいいのはわかっていたけど、一度見て覚えるとかかなりのものね。


「そこに座りなさい。マゴットにどうやるものか教えたいから」


 椅子を持ってきてもらい、盤から下ろして配置からもう一度やってみせた。


 わたしが白でラグラナが黒で、わたしが先攻で始める。


「慌てず、ゆっくりでいいからね」


 これは学ぶためのもの。まだ勝ち負けは先のことよ。


 駒を動かしていき、ナイトでポーンを取ると、ラグラナが眉を少しだけ動かした。


「あなたは意外と負けず嫌いみたいね」


「そ、そうでしょうか?」


「こういう知的遊戯はね、差し手の性格が出るものなの。目の前のことしか見えない差し手は二手先を読めない。慎重な差し手は数手先まで考える。直感で動く差し手は打つのが早い。あなたのように性格を隠していても熱くなって顔に出す。これは頭脳戦であり心理戦。駒ばかり見ていてはダメ。差し手も見るものなのよ」


 なんて、わたしもそこまでして勝ちたいとかはない。勝つのも負けるのもおもしろいと感じる性分。遊戯は楽しんだもんが勝ち、なんだからね。


「フフ。そう拗ねないの。そういうこともある、ってことよ」


 これはラグラナってよりマゴットに教えている。商人も頭脳戦であり心理戦。相手がいて成り立つものだからね。


「ときどきお嬢様は、大人のように笑います」


「それはきっとわたしに礼儀作法を教えてくれた者のお陰ね。伯爵令嬢の仮面を被ってられるわ」


「仮面の下には本当の顔があると?」


「あるわよ。まあ、誰にも見せないけどね」


 おっぱい大好きおっぱい星人どぅえ~す! なんて言えるわけないでしょう。ドン引きされちゃうもの。


「人は誰しも仮面を被って生きているものよ。あなたも、マゴットも、ね。いつかその本当の顔を見せる人が現れてくれることを願うわ」


 わたしもおっぱいを語り合える友人が欲しいわ。おっぱい党を組織して、おっぱいを讃える、そんな同志を。ってまあ、そんなアホ、わたしくらでしょうがね。


「はい、チェック。あ、追い詰めたって意味ね」


 別にチェックやチェックメイトとか宣言しなくても構わないけど、ジェドは生み出されたばかりのもの。定着するまでは宣言はあったほうがいいでしょうよ。


「そして、チェックメイトで勝利を宣言して終了よ」


 チェックやチェックメイトが帝国まで伝わるまで何年かかかるでしょう。それを知った転生者はどうするかしらね?


 悪役かヒロインか、はたまたオレツエェェッ! な存在か。関わりたくはないけど、どんな相手かは知ってはおきたい。転生者はなにするかわからないからね。


 わたしはエローでスローなライフを静かに目指します。オーケー?


「お嬢様。もう一回よろしいでしょうか?」


「構わないわよ」


 わたしも勘を取り戻したいしね。いくらでもお相手致しましょう。

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