第9話 カルディム家のために

 いい買い物ができたわ。支払いはお父様だけど。


「部屋を拡張したらまたお願いするわね」


「はい。よいものを取り揃えておきます」


 花瓶サイズの壺は部屋の棚に飾り、小さい子供なら入れそうな壺は館に飾ってもらいましょう。


「そうだ。どこかの窯元で、大きさの違う鍋を作ってもらえないかしら? あと、こういうものも」


 まだ夏真っ盛りだけど、冬に備えて土鍋やとっくり、お猪口や湯飲みも用意しておきたいわ。鍋をつつきながら熱燗で一杯。お嬢様の冬は優雅にしないとね。


 紙にいろんなものを描いてハルセアに渡した。


「無駄に飾らなくていいわ。焼いたときの色を大切にして」


「畏まりました。知り合いの窯元に作らせましょう」


「ありがとう。楽しみにしているわ」


 そうだ。木工職人に炬燵を作ってもらおうかしら? いや、そうなると館を増築しないといけないわね。うーん。ちゃんと計画してやらないと変な館になっちゃうわね。よく考えないと。


 壺のことが終われば細工師のラドルとタイトがどうなっているかマクライを呼んで尋ねた。


「工房は完成しており、今日から荷物の運び込みを行っております。作業は数日後になるだろうのことです」


「急かしたくはないのだけれど、お父様から突っ突かれてるのよね~」


 どんだけ売れてんだよ? ってくらい注文が殺到しているようで、急いで送ってくれと毎日のように手紙が届いているのよ。


 指輪に付与するのは簡単だけど、指輪を作るには時間がかかる。


 わたしも売り出す前に買い占めた。この時代、指輪をする人なんて滅多にいないからね。


 貴族のご婦人でもかなりの地位にいなければしないし、結婚指輪なんて文化もない。庶民がするなんてまずない。そんな中で大量の指輪を手に入れられたのは館のメイドの中に隣国生まれの者がいたから。


 そのメイドが生まれた地では魔除けの指輪と言うものがあり、本来は木で作るのだけれど、最近は金属の指輪が主流になっているそうよ。


 その地域の風習だけど、指輪を作る職人がいるそうで、集められるだけ集めてもらったのよ。


 作ったことがない職人を連れてきて、急げ急げと言われても困るのよね。しかもくっそ面倒なデザインにしろとかナメてるとしか思えないわ。


「わたしの魔力もそんなにないって言うのに」


 簡単とは言え、他にもやることはあるのよ。一日に付与できる数は三十個が精々。魔力回復に三時間は寝ないとならないわ。


「仕方がないわね。お母様にお願いしましょうか」


 魔力がないなら集めればいいじゃない、だ。


 どこの世界でもピンとキリはあるもので、貴族だからと言って皆が豊かとは限らない。今日食べるのも大変と言う貴族はいるもの。特に王都に住む貴族に多いわ。


 地方なら畑を耕したり山に入ったりするのでしょうが、街となるとそうはいかない。聞いた話では内職したりしているそうだけど、食べるのが精一杯だそうだ。


 だったら貴族の地位など捨てて庶民として生きればいいのに、とは思うけど、身分社会ではなかなか捨てることはできない。家の名、先祖の名誉、貴族の誇りが捨てることを許してくれない。貧しさに堪えながら必死に生きているそうよ。


 なら、お母様にお願いして、貧乏貴族の奥様を集めて茶会を開いてもらいましょう。そこで密かに魔力を集めてもらい、その報酬としていくばくかの金品とお礼の品を渡してもらえばいいでしょう。


「マクライ。領都にいるおば様にも手紙を出すから届けてちょうだい」


 領都はお父様の弟、ロングルド叔父様に任せられている。


 可もなく不可もなく、極々普通の伯爵だけど、男爵や騎士爵を持つ者はいる。爵位を持つと言うことは魔力があると言うこと。なら、その方々からも集めるとしましょう。カルディム家のために、ね。


「畏まりました」


「そう言えば、お兄様は上手く学園に馴染んでるかしら?」


 王都の貴族は基本、十五から三年間、学園に通う。


 学園よりまずトイレを普及させろよ! とか叫びたいけど、わたしは火傷で通わないのだからどうでもいい。楽しくスクールライフを送ってろ、よ。


「楽しくかはわかりませんが、上手くやっているでしょう」


 うちは極々普通の容姿をしており、重要な地位についているわけでもない。領地の税収で慎ましやかに生きている。


 モブな伯爵家にはモブな容姿の者しかいない。わたしもモブ顔ならお兄様もモブ顔。美麗でもなければ醜くもない。あーそんな人もいましたね~、ってくらいの存在感だわ。


「そう。上手くやっているのならそれが一番だわ」


 確か、お兄様の代に第一王子がいたけど、モブなお兄様と関わることはないでしょうね。もちろん、火傷を負ったモブな伯爵令嬢にも、ね。


「とにかく、二人に急ぐようにお願い。ただし、追い込むようなことはしてはダメよ。変なものを作られたらカルディム家の恥となるからね」


 貴族相手の商売はとにもかくにも気を使うもの。評判一つで名が落ちて、下手したらお家断絶、なんてこともあるらしいわ。


「はい。お任せください」


「ええ。マクライ、ありがとうね」


 ほんと、できる家令(いやもう執事の働きだけどね)だわ。


「こちらこそお嬢様の下で働けること、嬉しく思います」


 そう言ってもらえて嬉しいわ。と、微笑んで感謝を表した。

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