第2話 魔力充填箱《バッテリー》
わたしは、チェレミー・カルディム。齢、十五歳。栗色の髪に凡庸な容姿をした普通の伯爵令嬢だ。
いや、伯爵令嬢だけで普通じゃないよ! とか突っ込まれそうだけど、この国は大国。伯爵家なんて百以上存在している。その中で可もなく不可もなく、これと言った役職に就いたこともない。よくある地方のよくある領地を治めているモブな伯爵家。つまり、普通ってことなのよ。
ただまあ、それは一年前までの話。今のわたしは、顔と体に火傷を持ち、領地でも少し田舎に建てられた館に引きこもる伯爵令嬢だ。
田舎で優雅な独身スローライフを、なことを望んできたところまではよいのだけれど、急遽建てられた館は、見た目はいいものの、中は映画のセットかよ、と言いたいくらいのちゃっちいものだった。
それは許容範囲なので構わないのだけれど、優雅とはほど遠い。控えめに言えば質素。忌憚なく言えば貧乏と言っていいでしょう。
生きていけるだけの援助で構わないとお父様に言ったけど、この世は金だ。金がものを言う世界なのだ。優雅なスローライフをするには金が必要なのよ!
だったら親に出してもらえと思う方もいらっしゃるでしょう。ですが、いつまでも親の金に頼っていては疎まれるだけ。まだ十五歳だから許されているけど、これが二十歳、三十歳と歳を重ねていけばいずれお荷物となるでしょう。
いや、お荷物になるならまだしも邪魔者になったら排除の対象だ。両親は優しくとも貴族はシビアだ。心臓発作で片付けられるかもしれないわ。
そうならないためにもわたしは自分の力で生きていかなくてはならないのよ。
「チェレミー様! すべてが売れました」
マゴットがきたと思ったら、会うなりそんなことを叫んだ。
「それはよかったわ」
売れることは最初からわかっていた。小さい頃からリサーチしていたからね。魔道具がある世界とは言え、一般庶民が買える値段ではなく、下々に普及しているわけでもない。手頃な値段で火を出せるなら欲しい人はたくさんいるわ。
「ただ、二十回しか使えないのは欠点です」
「ふふ。わかっているわ。二十回にしたのはわざとですからね」
手頃な値段とは言え、二十回なんてあっと言う間だ。最初は珍しさから買ってもすぐに使えないと判断されるでしょうよ。
マゴットをソファーに座らせ、ラティアにお茶を持ってきてもらった。
「あの指輪はいくらで売れたの?」
「三千ルコタです」
確か、銀貨一枚で千ルコタだったはず。元の世界なら一万円、ってとこかしら?
「随分と高く売ったのね?」
二十回しか使えないものをよく三万円くらいで買ったわね? どこの道楽者よ?
「商会の旦那さんたちだよ」
なぜ商会の旦那さんが買ったかわからず首を傾げたら、マゴットが教えてくれた。
なんでもこの世界にはタバコ、いや、葉巻みたいなものがあり、葉巻を吸うことはちょっとしたステータスなんだとか。
葉巻を吸うにはまず火打ち石とかで蝋燭に火をつけ、それで葉巻に火をつけるんだとか。なかなか面倒だこと。あーつまり、指輪はライターとして売れたのか。
「楽でいいと評判だ。だが、二十回はすぐ使い切ってしまう。便利ではあるが毎回三千ルコタを出すのは厳しいそうだ」
でしょうね、とテーブルにトランプケースくらいの箱を出した。
「それは
「はい、
「……わたしより、商売上手だな、チェレミー様は……」
「マゴットのように人前に出れたらわたしがやるわ。けど、この通り酷い火傷を負ったわたしにはできない。マゴットがいてくれるからできることよ」
まあ、火傷くらいで引きこもる性格ではないけど、周りは気を使うもの。そんな面倒な状況になるくらいならマゴットにやらせたほうが楽だわ。儲ければマゴットはわたしの味方になってもくれるでしょうからね。
「チェレミー様の取り分です」
「確かめないのか?」
「もっと売れるようになったら確かめるわ」
数秒で数え終わるものに労力は使いたくない。マゴットがそんな誤魔化しをするとも思えないしね。
「指輪はもっとあるのかい? 旦那さん連中が他に広めたら欲しがるヤツは出てくると思うぞ」
「わたしが自由にできるお金はそう多くないの。もし、指輪を持ってきてくれるなら四千ルコタで付与するわよ」
会ったことはないけど、きっと神様が転生特典をつけてくださったのでしょう。わたしにはチート級の付与魔法が与えられたわ。
自ら火や水を出すことはできないけど、物質を通せば出せるのよ。
それが付与かはわからないけど、便宜上、付与と呼んでいるわ。
「それは、指輪でなくてもいいのか?」
「ええ。極端に言えば、そこら辺に落ちている枝でも問題ないわ。そうね、指輪は高いから枝、杖にしてもいいかもしれないわね。マゴット。それっぽい杖を用意してもらえるかしら? それなら千ルコタにまで抑えられるんじゃないかしら?」
それでも一万円でしょうけど、魔道具としては破格だ。新し物好きなら買っちゃうでしょうよ。
「わかった。すぐに用意する。何本までイケる?」
「そうね。一日十本はいけるかしら?」
ウソです。百本は余裕です。二級魔力保持者はそれだけの持ち主なんですのよ。
「十本か。うん! でき次第、持ってくるよ」
「ええ、待っているわ」
やる気スイッチが入ったようで、いつもなら夕食を一緒にするのに、我慢できないとばかりに飛び出していってしまった。
「ラティア。これを生活費に回して」
控えているラティアに革袋を渡した。
さて。次の商品を作りますかね。
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