第3話 美味しいものを食べたい

 指輪ライターチャッカを売り出して一月。まずまずの売り上げを出していた。


「これだけあれば次に移れるわね」


 正直言えばまだまだ足りないけど、大金が稼げない以上、ちょっとずつ増やしていきましょう。


 帳簿を机に仕舞い、お父様に近況報告の手紙と館の財務を管理してくれる家令になってくれる者を送ってくれるようにお願いする手紙を書いた。あと、バージョンアップさせた指輪ライターを六つ、送るとしましょうか。


 お父様は、水の属性が強くて火の魔法は苦手だ。葉巻を吸うには困っていたでしょうからね。


 お父様、わたしたちの前では吸わなかったけど、他では吸っていたみたいで、煙たい臭いがするときがあった。あれ、葉巻の臭いだったのね。


 館から領地の本館へ。本館から王都の屋敷に。それからお父様の判断とかで、一月後に、家令とその妻が館にやってきた。


「お久しぶりでございます、お嬢様」


「ええ。久しぶりね、マクライ。まさかあなたがくるとは思わなかったわ」


 王都屋敷の執事で、お父様が当主を継いでからずっと働いてくれた存在だ。年齢も六十は過ぎているはず。充分隠居していい年齢だわ。


「はい。旦那様がお嬢様のところでゆっくり休めと」


「そのついでに家令をやれと言われた?」


「はい。なにか仕事をいただけると幸いです」


 社畜か。もっと老後を楽しみなさいよ。それだけの蓄えはあるんでしょうからさ。


「そう。まあ、マクライがきてくれて助かるわ。わたし、ちょっと商売を始めたの。その売上や館を任せられる人物が欲しかったのよ」


 商売のことはお父様にもお伝えしたわ。なに勝手なことしているとお叱りを受けるのも面倒だからね。


「旦那様より聞きました。そのことで旦那様より「指輪ライターをもっと送って欲しい」とのことです」


指輪ライターを?」


 六個もあれば充分でしょうに。


「はい。バンリアン家で行われた紳士会が行われた際に、旦那様がお嬢様が贈られた指輪ライターを使いまして、他の方々から譲って欲しいとせがまれたようです」


 紳士会とは、要は暇を持て余した男たちの飲み会ね。役職に就いていない伯爵とかはそう言う集まりをして社交や情報交換してるみたいよ。


「これは、旦那様からです」


 と、金貨が入った箱が机に置かれた。


「凄い大金ね。どのくらい頼まれたの?」


 金貨一枚十万ルコタ。それが五十枚は入っている。マゴットの話では銀貨一枚あれば一月は暮らせるそうよ。独り身計算で。そう考えると……五百万円くらい、になるかしら?


「十個。可能であれば二十は欲しいそうです」


 随分と求めてきたわね。まあ、王都で流行ってくれるならスローライフ資金が貯まるってこと。二十個送ってあげましょう。


「予備で十個あるからすぐに送るわ。このお金はマクライに預けます。館を住みやすくしてちょうだい」


「畏まりました」


「ローラは少し残って」


 マクライの妻であり、家庭に入るまでは屋敷で侍女として働いていた。館の奥を纏めてもらうメイド頭になってもらうようお願いした。


「はい。お任せください。家に籠るのも飽きましたし」


 昔は美人だったらしいけど、今は肝っ玉かーちゃんだ。時間の流れは人をここまで変えるものなのね……。


「人が足らなければマクライと相談して雇って構わないわ。館を住みやすくしてちょうだい」


 わたしのために、ね。


 お父様に指輪ライターを送ったり創ったりしていると、ローラが十代の少女二人と三十くらいの男を連れてきた。


「お嬢様。新しく雇い入れたメイドと料理人です」


「料理人? ナディアはどうしたの?」


 わたしの身の回りのことはラティアの従姉であるナディアに任せてある。


 王都の料理と比べたら四つくらい落ちるけど、わたしはグルメではない。いや、食べたいものはたくさんあるけど、現状満足している。なにか粗相をしたの?


「いえ、これからも人は増えるでしょうから領都の館から料理人を呼びました」


 あー確かにそうね。一人分でも大変なのに、十一人分の料理なんて一人では無理。ナディア、本職の料理人じゃないしね。


「美味しい料理を楽しみにしているわ。よろしくね」


「はい! お任せください!」


 緊張しているのか、九十度に近いお辞儀をした。まあ、火傷を負っているとは言え、わたしは伯爵令嬢。雲の上の人。緊張するなと言うほうが悪いわね。


「あなた、お名前は?」


「ガイルです!」


「そう。ガイルね。欲しい調理器具があるなら遠慮なくいいなさい。美味しいものを食べれるならお金は厭わないから」


 グルメじゃないと言っておきながらなんだけど、魔力を使うとお腹が空く。蒸した芋を大量に食べるよりいろんな料理を食べたいわ。


「ガイルに料理を任せるなら、ナディアにはお菓子作りをお願いしましょう」


 幸いにしてこの世界には砂糖がある。まあ、元の世界の砂糖のように白くはないし、安くはないけど、カルディム伯爵領に流れてくるくらいには流通している。


 数羽はしかいないけど鶏も庭で飼っているし、リンゴや柿、栗にサツマイモに似たような果物や野菜がある。ナディアの腕でもそれなりのお菓子が作られた。


 ただ、皆の食事も作らないといけないので、三時のオヤツとして出るだけだった。


 ガイルに任せられるならナディアをお菓子作り担当にして、十時のオヤツにも出るようにしましょう。


「他の二人もよろしくね」


 あ、二人の名前を訊くの忘れた。まあ、そのうちでいっか。今日は呼び出した商人と会わなくちゃならないしね。

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