令嬢ではあるけれど、悪役でもなくヒロインでもない、モブなTSお嬢様のスローライフストーリー(を目指します)

タカハシあん

第1章

第1話 令嬢ではあるけれど

 わたしが生まれた世界は中世のような魔法がある世界だった。


 名目上は魔法を使えるのは貴族だけで、魔力の強弱で価値が決まる。なんとも殺伐とした価値観よね。


 わたしもカルディム伯爵の娘と産まれ、魔力鑑定で二級魔力保持者として下された。


 特級、金級、銀級ときて、一級、二級、三級、四、五と下がっていく。 


 0級と言うものがあるらしいけど、それは滅多に出ないとか。ただ、人知れずいなくなるとかなんとか噂されているわね。


 それを聞いたとき、なにかゲームの世界かと思ったけど、生憎ゲームには詳しくない。早々に考えることを放棄したわ。


 伯爵令嬢として二級は可もなく不可もなく、と言ったところかしらね? うちの者は皆二級だし。


 仮にこの世界がゲームなら、わたしはきっとモブね。この世界にいる(かもしれない)主人公と関わることはないでしょうよ。


 まあ、モブならモブで構わないわ。うちは食うに困らないだけの財力はあるし、領地は豊かだ。勝ち組令嬢ライフは送れるんだからね。


 ただ、失念していた。わたしは令嬢。女である。いずれ他家に嫁ぐ身であると……。


 わたしが普通の伯爵令嬢ならよかった。当たり前のように嫁いだでしょう。


 しかし、わたしは普通の伯爵令嬢ではない。前世の記憶を持って産まれた、元男なのである。


 女として産まれ、令嬢として育てば女になるかと思ったけど、十四になっても女の心にはなってくれなかった。


 男と結婚? そっちの気があれば構わないのだろうけど、わたしは異性──いや、この場合は同性か? まあ、結婚するなら女がいい! と思う乙女なのである。


「チェレミー。お前の婚約者が決まったぞ。ローリグ侯爵家の次男だ」


 十四の誕生日、お父様が恐ろしいことを告げたことで、自分の操の危機を実感してしまった。


 冗談ではない。男とアレなどしたらわたしは舌を噛み切って命を絶つ自信があるわ。


 このままでは不味いと、わたしはとある計画を考えた。


 大切に育ててくれた両親には申し訳ないけど、自分の操を差し出してまで親に応えたくはない。火事を起こし、顔と体の左側を火傷させたわ。


 当然、両親は泣いた。お母様は十日ほど寝込む始末。カルディム家は闇に覆われてしまったわ。


 けれど、火傷は計画の第一段階。わたしが幸せに暮らすためには家族が立ち直らなければならないのよ。


 悲しまないで。わたしは平気よ。とかなんとか歯の浮くようなセリフを吐いて落ち込む家族を立ち直らせていった。


「チェレミー。婚約はなくなった」


 そうお父様が告げたとき、歓喜に踊り出したくなったが、必死に泣き笑いを浮かべ「仕方がありませんね」と答えた。


「領地に屋敷を建てていただけませんか? 小さくて構いません。わたしは、そこで静かに暮らします」


 お父様はわたしの願いを聞き入れてくれ、領地に小さ……くはない館を建ててくれた。うん。お父様、娘に甘すぎです。


 まあ、これも父親の愛。ありがたくいただいておくことにしましょう。


 館には地元の名士の娘をメイドとして雇い、引退した兵士を護衛としてつけてくれた。


 生活費やメイドたちの給金はお父様からもらい、わたしが主として管理する。


 これは、一生独身で暮らしていくためにお父様にお願いしたわ。いつまでも頼って生きられない。一人立ちできるよう自分で稼いでいくとね。


 館に移り、メイドや兵士たちを集めて挨拶をする。


「これからこの館の主として、あなたたちを使っていきます。よく働いてちょうだい」


 上から目線ではあるが、実際上の立場なのだから下の者にへりくだることはできないのよ。


 と、言ってもメイドは二人。護衛のおじいちゃん兵士は一人。下男と下女は老夫婦。これで偉ぶっても滑稽なだけ。まあ、アットホームにやっていきましょう、だ。


「この領地で一番の商会はどこかしら?」


 地元の名士の娘、ラティアに尋ねる。


「一番かはわかりませんが、カルディム伯爵領ではマイロック商会がお抱えです」


 マイロック商会か。名は聞いた記憶があるわね。会長の……名前は忘れたけど、会った記憶はある。今はお父様に伝わるのは避けたいわね。


「行商人はいるかしら? 個人でやっている者が望ましいわ」


「行商人、ですか?」


「ええ。これからのことを考えて外のことを学びたいの。少々無礼でも構わないわ。連れてきてくれるかしら?」


 あまり乗り気ではなかったけど、親の力を使って行商人を呼んでもらった。


「女性の行商人は珍しくないのですか?」


 中年の男性を想像してたんだけど、現れたのは女性。三十くらいで粗野な格好は身を守るためでしょうね。


「いや、珍しいよ。カイルの旦那がお嬢様に男は会わせられないとわたしが呼ばれたのさ」


 それもそうか。顔半分火傷しているとは言え、伯爵令嬢の前には出せるわけないか。


「それで、わたしはなにを語ればいいんだい? お嬢様を楽しませる話なんて持ってないんだけどね」


「いえ、楽しい話は望みません。領民の暮らしや常識を教えてください。これからここで生きていかなくてはなりませんので」


 まずは一般常識を身につけなければ商売もできない。身を守るにはお金が必要ですからね。


 仕事があるので毎日はこれないけど、きたときは夜まで話を聞かせてもらい、昼と夜に食事も提供した。


 半年ほど親交を深め、お嬢様からチェレミー様と呼ばれるようになり、わたしもマゴットと名を呼ぶようになった。


「今日はマゴットにわたしの秘密を打ち明けるわ」


「なんだい、突然? 秘密って、厄介事はゴメンだよ」


「そうではないわ。秘密と言うか計画ね。わたし、あるものを売ってお金を得たいの。それに協力してくれないかしら? って話よ」


 以前、マゴットにとりよせてもらった高めの指輪をテーブルに置いた。


「わたしね、付与魔法が得意なの。その指輪には火の魔法を付与しているわ。合う指に嵌めてみて。大丈夫。試してはあるから」


 戸惑いながらも合う指──右の薬指に嵌めてくれた。


「着火の言葉で指先に火が出るわ。やってみて」


 わたしの言葉に操られるように着火と言葉にすると、薬指の先に火の玉が生み出された。


「その指輪は二十回は火の玉を出せて、放つことができるわ。それを適正価格で売って欲しいの。取り分はわたしが三。あなたが七で構わないわ」


 指輪は銀貨二枚の安物。付与は微々たるもの。三対七でも損はないわ。まずはマゴットを儲けさせるのが目的だからね。


 残りの指輪が入った箱をテーブルの上に置いた。


「どうかしら?」


「……わかった。それで構わないんだな?」


「ええ、構わないわ」


 フフっと上品よく微笑んだ。


「わかった。すべて売ってこよう」


 そう大言を吐いて出ていった。


 さあ、始めましょうか。わたしの異世界スローライフを、ね。ウフフ。

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