ただ独り夜を歩め(アルレルケ・カヌニアレ)
伊島糸雨
ただ独り夜を歩め(アルレルケ・カヌニアレ)
夜は雪景を掃く山嶺を越え、黄昏は燃える水面の海に沈む。
レラコーは、
傍らで少女が身を起こし、密やかに名前を呼んだ。
レラコーは北の山地に生まれ、シナトリは東方の海辺で生を受けた。二人は若かりし頃の
「
美貌の皇帝は狂乱を秘めた翠緑の瞳で己が子らを見下ろした。人前には滅多に姿を現さない彼は、日陰に押し込めた
時には街娘として夜の閨で首を掻き、時には白銀の面を携えて
しかし、どれほどの汚泥を底に秘めようとも、
二人の得物、その柄にはそれぞれ「
文字を掘ったのはシナトリだった。シナトリは器用な娘で、細工や罠の仕掛けに長ける他、縫製も得意でよく兄弟姉妹の擦り切れた衣服を直していた。彼女は花紡ぎの名手でもあり、花輪を作ってはささやかな祝いに兄弟姉妹へと与えていた。戴冠を経た
その傍らで、レラコーは翻意を見せた同胞を狩っていった。シナトリと同じように主を欠いた蒼き刃を回収し、都の暗がりに帰っては、割いた
海を写す蒼き刃は、血潮を知らぬように色褪せぬ罪を灯し続けた。少年少女が成長するほど、国は皇帝と共に老いていった。あれほどいた
シナトリは花紡ぎをやめた。レラコーの初陣から七年、シナトリの最初の暗殺から六年が経っていた。
栄華を歌う詩人が死んだ時、燎原の火は翠緑を呑む竜となった。干戈交われば
レラコーは決意などしなかった。シナトリに憎悪はなかった。「ごめんね」わかたれた道の先で、悪夢に縋る女は笑う。「大丈夫。私が連れていく」レラコーは静かに答え、蒼き刃を揺らぐ炎にそっと翳した。
刃は毀れ、剣戟と過去の狭間で生まれの罪を贖った。花冠は腐り落ち、神威纏う皇帝は蒼き刃と血によって洗礼された。「黄昏を越えて、夜を連れてきたね」レラコーは憎まなかった。悲しみは決して蒼くなかった。
無二の皇帝を失った
明らかなのは、レラコーとシナトリが名を知られるただ二人の
古
それだけが二人の証明となる。
ただ独り夜を歩め(アルレルケ・カヌニアレ) 伊島糸雨 @shiu_itoh
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