復路

 寝ぼけ眼のふたりを起こし、ボクらはさらに山の奥へと進んだ。行方不明になっているいじめっ子の親戚の家は、山の中腹あたりにあるらしい。

 道なりに進むと水溜りに出くわし、ショートカットをするため足を踏み入れた──が、思ったより深く肩まで浸かり、ヒルに噛まれる──そのくだりまできちんとシナリオ通りにやった。ボクは本当に気を失いかけた。あまりこの件には触れたくない。濡れた服は照りつける夏の太陽の下に干すと1時間足らずで乾いた。

 そうしてボクらは、目的地まで辿り着いた。

「あそこが親戚の家だよ」

 ボクらは林の中から覗いた。パトカーが停まって、慌ただしく捜査員が動き回っている。どうやらまだ見つかっていないらしい。

「行方不明って本当だったんだ……」

 マサオが震える声で言った。

「警察が見つける前に俺たちで見つけるぞ」

 ボクたちはリョータの声に大きく頷いた。

 二手に別れて捜索を開始する。ボクとリョータ、ナオトとマサオのペアだ。 

「どの辺りを探せばいいんだ?」

 草むらをかき分けながら、リョータはボクに訊いてきた。

「そうだね。転落、溺死、交通事故が考えられるとして、崖の下、川辺、道路脇かな。まだ見つかっていないことを考えると、道路脇は外していいと思う。水辺も真っ先に見るだろうね。溺死じゃなくても何らかの痕跡が残ってるかもしれないし。ただ、動物に襲われていたら、特定は難しいかも。ボクらはプロじゃないから、寝床や狩場、痕跡の特徴といった専門的なことはわからない」

「つまり、崖の下を重点的に探せってことだな」

 付近には東西に大きな崖が聳えており、その下側一帯を調べるだけでもかなり時間はかかりそうだ。仕方なくボクは目の前にある崖の高さから、人ひとり落ちた時の落下地点からの距離を目算した。この辺りか。

 目星を付けた付近の草むらをかき分ける。と、前方から声がかかった。

「見つけたぞ!」

 ボクは慌ててリョータの元へ駆け寄った。場所は崖から離れた大きな欅の木の近く。そんなはずはない。ここまで人は転がらないはずだ。

 だがそこに、死体は転がっていた。

 崖を滑り落ちたときにできたのだろう、身体中についた傷には黒く変色した血がこびりついていた。皮膚は内出血で青白く腫れ上がり、関節はあり得ない方向に曲がっている。

 映画の中のゴーディは、死体を眠っているようだと表現した。だが、それはただの死体でしかなかった。無機質な、かろうじて人の形をした何か。

 目の前に無残な姿で横たわるそれは、想像よりもずっとボクをゾクゾクさせた。

 リョータがボクの隣に立つ。そしてじっと死体を見つめた。ボクも再び死体に目を移した。

「死体だ」リョータは言った。

「うん、死体だ」ボクもそれに応えた。

 それから、ボクたちはお互いの顔を見遣った。

 リョータの顔は晴れ晴れとしていた。いつも見る、何かを成し遂げた瞬間の顔。頬は興奮で紅く染まり、目は外の光を吸い込むように見開かれ輝いていた。その大きな瞳の中に、ボクはボクの姿を認めた。リョータの中のボクは、リョータと同じようにキラキラと輝いていた。

 ボクたちはどちらからともなく抱き合った。リョータがボクを祝福してくれているようだった。

 ボクは、リョータになったのだ。

 

「おーい、どこにいるんだよ!」

「こっちだ!」

 ナオトとマサオに呼びかける。ふたりは一緒に草むらの中から出てきた。そして死体を見て飛び上がる。

「マジかよ」

「ひええええええ」

 おそらくそうやって騒いでいたからだろう。背後の草むらがガサゴソと音を立てた。驚いて振り向くと、ボクのクラスメイト──死んだ彼の取り巻きたちが立っていた。

「んだてめえら!」ナオトが威嚇する。

「お、お前たち、誰だよ!」マサオも参戦する。

 集団の中の一人、おそらくナンバー2と思われる男が口を開いた。

「お前らこそ、こんなところで何してやがる──」

 言いかけて、口をつぐんだ。その視線は目の前に横たわった無残な死体に注がれていた。他の取り巻きたちも、認めて驚愕する。

「なんだ、これ……お前らがやったのか」

 短絡的な思考でそう結びつける。

「んな訳ねえだろ!」ナオトが叫んだ。「俺たちはこいつを探しにきたんだ。そしたら、こんな姿になっちまってたんだよ」

「んな話、信じられると思ってんのか!」

 ナンバー2は、今にも襲い掛かろうと迫ってきた。ひえ、とマサオが小さな悲鳴を喉の奥から漏らす。すると、リョータが前に出た。その瞬間、敵が怯んで立ち止まる。

「帰れ」

 リョータは短くそう言った。ワンテンポ遅れて理解したナンバー2は眉を顰めた。

「はあ⁉︎」声を必要以上に荒げてリョータに近づいてくる。「どういう意味だクソ野郎」

「そのままの意味だ。死体を見つけたのは俺たちだ。俺たちが警察に届ける。お前たちは必要ない。帰れ」

「は?そんなんで帰ると思ってんのかよ」

 彼は後ろポケットに手を突っ込んで、よりによってカッターナイフを取り出した。彼はいつもナイフを持ち歩いて人を脅す。それは誰よりもボクがよく知っていた。それが今日に限っていつものナイフではないなんて。ボクはがっかりした。リョータは許してくれるだろうか。

 恐る恐るリョータの様子を伺うと、彼は少しうんざりした顔をしていた。ほら、言わんこっちゃない。

「リョータ!」

 マサオが悲鳴に近い叫び声を上げる。ナオトも慄いたのかジリジリと後退りした。

 リョータの喉元にカッターナイフの刃が食い込む。鮮血が首筋をなぞった。だがリョータは微動だにしなかった。自分の邪魔をする相手をただひたすら冷たい目で見ていた。

 ボクはその姿に感動して、思わず手の中のものを落としそうになった。いけない。リョータはボクを信じてくれているのだ。もう一度グリップを強く握りしめ、ボクは右手を高く上げた。

 バンッ……

 銃声が山にこだまする。鳥たちが一斉に飛び立つ。

 皆がこちらを振り向いた。ボクはその視線を受けながら、ゆっくりとリョータのそばに立った。そして、両腕で構えた銃口を敵に向ける。

「おもちゃ、だろ?」

 目の前の彼は怯えた目でそういった。

「どうかな」ボクは言い返した。親指でセイフティを外す。「君が判断すればいいよ」

「──っ」

 彼はブルブル震えながら、カッターナイフを取り落とした。そして、仲間と共に一目散に逃げていく。その様子を見て、リョータは一言漏らした。

「情けねえな。捨て台詞のひとつも言えやしないのかよ」

 ボクは彼が落として行ったカッターナイフを拾い上げ、リョータを振り返る。

「それはボクが聞いておくよ」

 ボクらは笑った。マサオとナオトのふたりが、物陰から不思議そうな顔をして見ていた。

「それじゃ、帰るとするか!」

 リョータが景気よく言う。

「死体はどうするの?」

 木の影から出てきたマサオが恐る恐る訊いた。リョータは嬉しそうな顔で宣言した。

「それはもう、決まってる」


 匿名電話を受け取った警察が続々と山の中へ入っていく。それを見届けてからボクらは帰路へ着いた。帰りは寄り道せず黙々と歩いた。途中、ナオトがボクのそばに来て、おもちゃだよな、とこっそり訊いた。もちろん、とボクは笑って返した。

 夜通し歩き続け早朝。まちに戻ったボクらは冒険が始まった四つ角で静かに別れた。こればかりは演技でもなんでも無かった。皆、心の内に何か感じ取ったのかもしれない。それはそれぞれにしかわからないことで、干渉できるものではなかった。そしてボクの心も例外ではなかった。

 最後にはふたりきりになった。リョータはボクにじゃあな、といった。ボクもじゃあね、と言った。それでもボクらはその場に留まっていた。なんとなく帰り難かった。

「楽しかった」リョータは言った。「お前のお陰で」

「ボクも、君のおかげで楽しい夏を過ごせた」

「そうだな、最高だ。本当に、お前は最高の演出家だよ」

 ボクらは見合って、また悪い顔をした。

「じゃあ、また明日学校でな」

「うん、またね」

 別れの挨拶を交わして踵を返しかけたとき、背中から声をかけられた。

「舞台裏はどうなってたんだ?」

 ボクは肩越しに振り返った。

「それは君がどうしても知りたいこと?」

 リョータは少し考えて、いいや、と首を振った。

「メイキングは見ない方が面白い」

「ボクは好きだけどね」 

 ボクらは今度こそ別れた。


 長い旅を終え、ボクは風呂に入り、ご飯をたらふく食べた。

 母さんがそんなボクを見て言う。

「よかったわね」

「何が?」

「何がって、あなた、『スタンド・バイ・ミー』をリョータくんと観るんだ、って、ずっと楽しみにしてたじゃない」

「うん」

 ボクは笑顔で頷いた。ボクはずっと観たかった。リョータと一緒に。あいつを殺したくなったその日から。


 次は何を彼に見せようか。

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