私の薔薇
凍てつく冬の寒さの中、わたくしは真っ直ぐに立ち、民衆を見渡しました。彼等はわたくしの処刑の時を今か今かと待っています。処刑人の持つ斧が鈍い光を放っています。わたくしはここまでの人生を思い返しておりました。
もしも。
もしもわたくしに教養とあと少しの慎み深さがあったなら……。
王の使者がわたくしの元を訪れた時、わたくしは大いに驚いたものでした。我が家は確かに名門。しかしお金などこれっぽっちもありません。そんな家で奔放に育ったわたくしを、王は妻に迎えたいというのです。降って湧いた幸運に、わたくしは胸を躍らせました。齢18。王妃になるということがどういうことなのか、この時はまだ何も分かってはいなかったのです。
華やかな婚礼が執り行われました。見たこともないような料理やフルーツが所狭しとテーブルを彩ります。立派な方々がわたくしを前に静かに跪く。まるで夢のようでした。王はわたくしよりふた周りは年上でしたけれど、そんなことは些細なことでした。王はわたくしを「私の薔薇」と呼び大層可愛がってくださいましたし、世継ぎさえ生まれれば全ては安泰。そうたかをくくっていたのです。王と踊るダンスの幸せだったこと! わたくしはすっかり熱に浮かされていました。
そしてわたくしは、その熱に浮かされるままにあやまちを犯してしまったのです。
その方は王の廷臣で、自然と顔を合わせる機会も多かったのです。金の髪に海のような青い瞳。麗しいその方にわたくしは惹かれてゆきました。秘密の手紙のやりとりは続き、わたくしの気持ちはいよいよ募ってゆきました。
しかしある時突然に家臣たちがわたくしの部屋に押し入ってまいりました。わけも分からずに連れ出され、わたくしは別の部屋に幽閉されてしまったのです。
密告。
誰かがわたくしとあの方のことを王の耳に入れたのです。その上、ああ……なんということでしょう。わたくしがあの方と姦通しているとも!
ええ、確かに手紙のやりとりはありました。しかし、それ以上の関係など全くの誤解。でたらめです。宮殿の中、礼拝堂へと続く廊下をわたくしは走りました。王へと手を伸ばした瞬間、わたくしの身体は拘束され、牢へと引きずられていきました。王は一度も振り返りませんでした。激しく怒った王に、わたくしの声はもはや届かなかったのです。
そして、王はわたくしに、斬首刑を命じました。
もしも。もしもわたくしに、教養とあと少しの慎み深さがあったならば、結末は違っていたのでしょうか。わたくしの背後で多くの駆け引きがあったことくらいはわたくしとて分かります。それに立ち向かえるだけの立ち回りができたならば……。
いいえ。いいえ。これもわたくしの運命だったのでしょう。王よ、貴方の薔薇はここで散ります。
ああ、断頭台に雪が降る。
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