75話 ユリの狩人(120%)

「さて、あのデカブツにどうやって引導を渡すか……」


 まだ遠くにその姿があるへミレイア=ベスタトリクスを見つめながらアリーシャが独り言ちるように口を開いた。


 カスティージョ率いる騎士団の精鋭部隊は、半数がこちらと同様に雑魚モンスターに包囲されてしまっており、戦況は見るからに芳しくない。

 対するヘミレイア=ベスタトリクスはというと、目立った外傷は開戦直後に受けたであろう砲撃の跡のみ。

 それ以外にダメージを与えられている様子はない。


「いくら巨体でもあれもモンスターの一種だ。脳天に致命傷を与えれば倒せないことはないだろう」

「だね。狙うなら砲撃で装甲が薄くなってる額の部分だ」


 サン・ラモンに同意してアリーシャがうなずく。

 ふたりは大真面目に言っているのだろうが発想が脳筋すぎる。

 言うは易く行うは難しとはこのことだとリベリカは眉を寄せながら口を挟む。


「あんな高い位置にある頭をどうやって狙うんですか。まさか体表に張り付いて昇るなんて考えてないですよね?」

「アリーシャなら果たして?」

「いやいやいやそれは無理、たぶん。やったことないから分かんないけど」

「普通に考えて無理ですって!」


 呑気に「試してみるか」と言い出しそうだったアリーシャに、リベリカが鋭く釘を刺す。

 サン・ラモンとしては真面目に考えていたのか、少し落胆した様子を見せてから渋い声で続けた。


「弱点に届かないなら高さを低くするしかないだろう」

「オーソドックスだけど、前脚を怯ませて転倒させた隙に頭を狙う、ってことになるね」

「それでも無茶だが、いちばん現実的だろうな」


 四肢を狙って転倒させた隙に渾身の大技を叩きこむ、という戦い方はモンスター狩猟における正攻法だ。

 だが、それを今回の相手で成功させるには大きな問題がある。


「前脚を崩すのはいいとして、私たちの武器が通用するでしょうか。ただでさえ切れ味はかなり消耗してますし……」

「あのモンスターってベスタトリクスの親珠だもんねぇ」


 黒腐ベスタトリクス化したモンスターは異常なほどに体表が硬くなる。

 年季の入った武器や市販の武器では、肉質の柔らかい部位を狙えなければ容易に刃こぼれを起こしてしまうのだ。


「騎士団の使ってる武器はどうなんだ?」

「一般兵士に支給されているものでも、黒腐ベスタトリクス化モンスターとの戦闘はいつも苦戦しています。正直、武器の威力は十分じゃないです」

「かなり厳しいな……」


 ヘミレイア=ベスタトリクスの防御力は未知数だ。

 あれが黒腐病の祖であるモンスターだということを加味すると、自分たちの武器の強度は一層不安に思えてくる。


『それについては問題ないぞ』


 どこからともなく聞き覚えのある幼げな声が聴こえてきた。

 確かめるまでもないが今の声はアリーシャでもサン・ラモンのどちらでもないだろう。


 だが、出どころはすぐに見つかった。

 サン・ラモンの護衛役の男の背中に見覚えのある木箱。

 その天幕がパカリと開き、ふわりと揺れる黒髪と翡翠色の双眸を宿した少女が姿を現わした。


「モカぢゃん! めっちゃ久しぶり!!」

「なんだ⁉ やめっ、こっちくんなーっ!」

「あぁーん連れないこと言わないのぉー」

「リベリカ助けてくれえぇぇ」


 喜びを抑えきれずに飛びつこうとするアリーシャの顔を、モカがギリギリのところで突っ張って寄せ付けない。

 こちらに助けを求める視線を送ってくるが、良く見ればモカの方も満更でもない笑みを浮かべていた。

 少しの間は温かい目で見守っておこう、とリベリカは目を細める。


「まぁ3年ぶりの再会ですから、ね?」

「ね、じゃない! ヘルプ! ボクはもう王立書士隊のエリートなんだぞもっと丁重に扱えぇぇぇ」


 遂にモカの抵抗を押しのけてスリスリベタベタし始めたのでここが潮時だろうと、リベリカはアリーシャを後ろから抱き留めてモカから引き離した。


 ようやく落ち着きを取り戻させると、リベリカは改めてモカに尋ねた。


「さっきの話ですが問題ないってどういうことですか?」

「口で言うより実演した方が早い。ほら、この薬をその双剣に塗ってみてくれ」


 モカがぽーんと放り投げた小瓶をキャッチすると、中にはなにやら見覚えのある緑色の液体が詰まっている。

 それを垂らしてみると、粘性の強いスライムのような薬剤が欠けていた双剣の刃に広がって薄い膜で覆っていく。


「その状態で剣をそこらに転がってる黒腐ベスタトリクス化したモンスターの鱗に刺してみろ」


 言われたとおりに剣先を突き刺すと、これまで味わっていた手ごたえがまるで嘘かのように、剣はスルスルとモンスターの黒い鱗を貫通した。


「え……!? なにこれすごい」


 まるで脂の乗った生肉に串を撃つような滑らかさだ。

 傍で見ていたアリーシャとサン・ラモンがモカに説明を求める視線を贈ると、モカはいかにも得意げに胸を張った。


「これは黒腐病の治療薬を転用して改良した薬剤だ。ベスタトリクスの黒い粉塵を分解除去する効果がある」

「これならベスタトリクスとも互角以上に戦えます!」

「ああ、早速この薬を全員に配るぞ! これがあればどんな武器でも黒腐化モンスターを難なく討伐できるように――」

「ちょちょ、ちょっと待て!」


 言い出しっぺであるはずのモカが慌てて制止する。

 冷や水を浴びせられたサン・ラモンが怪訝な顔をすると、モカはバツが悪そうにもごもごと口を動かしはじめた。


「この薬はまだ量産できるようなものじゃなくて……その……今用意できているのはあと2本だけだ」

「に、二本……」

「だから誰がどうやって使うかは慎重に決めてくれ」

「だったら逆に話は早いでしょ」


 アリーシャは一本を自分の武器に、もう一本をサン・ラモンに投げてよこす。

 貴重な薬を躊躇なく譲られたことに驚いたのかサン・ラモンは目を点にして口を開いた。


「……いいのか、この俺で」

「アタシが全力でこの武器を振れるのはあと一回。それで勝負を決めるには最強の盾が不可欠だよ。リベリカも異論ないよね?」

「もちろんです」

「……分かった。その信頼に必ず応えて見せる」


 リベリカ、アリーシャ、サン・ラモンが各々の武器に薬で強化を施し終えると、肩を並べて目指す場所――ヘミレイア=ベスタトリクスとの交戦地点――に目標を定めた。


「作戦は単純。おっさんが重槍部隊を率いて作った道をアタシとリベリカが突き進む」

「その後は?」

「どうにかしてモンスターを怯ませて転げさせる。そんで最後にアタシがこの太刀で倒す」

「実に単純だな」

「というか単に作戦が雑なだけですね」


 一世一代の大勝負だというのに、相変わらず脳天気なアリーシャの発言に苦笑してしまう。

 だが、今はそんな彼女の在り方が何よりの安心感を与えてくれているのだと気づいてリベリカの頬は自然と緩んでいた。


「こんな状況で緻密な作戦が通用するとは限らん。要は役割だけ決めて臨機応変に、ということだろう?」

「さっすが年季の入った狩人は物分かりが早いね」

「……私も分かってましたよ?」

「うん、信じてるよ相棒」


 無言で突き出された拳に無言で拳を打ち付ける。

 これまでふたりでやってきた狩りもこんな感じだった。

 きっと今日の狩りもまた、これまで何十、何百と共に成功させてきたあの狩りのひとつとなるだけだ。


「いくよ!」

「はいッ!」

「おうッ!」


 腹の底から声を張り上げて3人同時に大地を蹴り飛ばした。

 飛竜が吐き出す火球のように、風を切って真っ直ぐに突き進む。


 駆け出して数秒後、早くも視界の端からモンスターたちが湧き出して進路を防ごうと迫ってきた。


「いくぞ重槍部隊ッ! ふたりの道を死ぬ気で守れッ!!」

「「おおおおおおおぉぉぉ!!!!」」


 サン・ラモンの掛け声で、いつの日かリベリカに命を救われた狩人たちが今度は彼女たちを守る壁となる。

 襲いかからんとするモンスターは鋼の盾に体躯を打ち付け、一匹漏らさず跳ね除けられていく。 


 しかし、進路の正面に立ち塞がるモンスターが一体。

 この群れのリーダー格なのだろう、他の個体よりも一回り以上大きな獣がリベリカたちを目掛けて突進してくる。

 このまま進めば直撃は免れず、足元が砂地のせいで方向転換も間に合わない。


「そのまま走り続けろッッ!!」


 だが、その一言がふたりの前進を叱咤激励した。

 サン・ラモンは盾ごと体当たりをするようにモンスターを抑え込み、渾身の怪力で自らより大きな獣の体躯を弾く。

 その衝撃の凄まじさは、宙に散った火花と鈍重な金属音が物語っていた。


「ふたりで勝負を決めて来いッ!!」

「任された!」

「必ず!」


 場を引き受けたサン・ラモンを後に走り続け、いよいよヘミレイア=ベスタトリクスの姿が視界からはみ出るまでの距離になってきた。


 巨大な前脚に群がって数人の騎士が武器を振るってはいるが、誰一人として有効なダメージは与えられていない。

 もはや慰労困憊の色は誰の目にも明らかだった。


 一方で、団長カスティージョは護衛と共にモンスターに囲まれて行き場を失っている。

 団長が囚われているモンスターの包囲網は進路上にある。

 目標がへミレイアとはいえこの状況を見過ごすわけにはいかない、とリベリカが考えたと同時。


「ワン・ツーでいくよ!」

「わかりました!!」


 その一言でリベリカの心から迷いが晴れる。

 それ以上の言葉を交わすまでもなく、アリーシャと足並みを揃えて疾走し、群がるモンスターへと間合いを詰めた。


 先陣を切ったアリーシャが一太刀で包囲網に風穴を開ける。  

 続いてリベリカが目にも止まらぬ無数の斬撃で次から次へとモンスターを大地に沈める。

 阿吽の呼吸で繰り出した連携攻撃は、刹那にしてモンスターの一団を壊滅させた。


「アリーシャ……」

「話はあとで! あんたはそこで見学しときな!」


 驚きと屈辱の籠もったカスティージョの視線をさらりと受け流し、アリーシャは省みることなく前に進む。


 ヘミレイア=ベスタトリクスとの距離はあと数十m。

 いざ近づくとその規格外の大きさに圧倒されそうになる。


 いくら身体能力に秀でたアリーシャであっても、この巨体の頭の高さまでの跳躍はまず不可能だ。

 彼女が頭部への一撃を当てるには、やはりバランスを崩して頭を地面に打ち付けさせておく必要がある。


 この状況で与えられた役割、つまり「アリーシャに確実に必殺技を当てさせる」ために自分にできることは何かとリベリカは脳を高速回転させる。


「アリーシャはこのまま真っ直ぐ!」

「りょーかいッ!!」


 為すべき行動はすぐに導きだせた。

 この足はもっと加速させられる。

 この武器ならベスタトリクスの硬い鱗をも切り裂ける。

 今こそ親友に積み重ねた実力で恩を返すときだ。


「最後の一撃はカッコよく決めてくださいよ!」


 全幅の信頼を預けリベリカはさらに一段と加速した。

 疾風が如く砂地を駆け抜け、大きく旋回するように弧を描きながらヘミレイア=ベスタトリクスの足元に接近する。


「まずは左脚ッ!!」


 腰の捻りを解放させて回転しながら跳躍。

 花開いたユリのようにスカートを広げながら宙を舞う。

 遠心力を効かせた双剣で確実に足の腱を断ち切ると、頭上のヘミレイア=ベスタトリクスが初めて呻き声を上げた。


 リベリカは離脱と同時に、地響きでモンスターの身体が左に傾いていくのを確信しながら今度は反対側の右足元へと滑り込む。


「これで右脚ッ!!」


 同様に右足の腱を切り飛ばすと、へミレイア=ベスタトリクスは両前足の踏ん張りを失って、頭部を地面に打ち付けるように上半身から地面に倒れ込んだ。


「いまですアリーシャッッ!!」


 金色の髪を風に乗せて走る少女の前にもはや障害は何も残っていない。

 アリーシャは傍に転がっていたモンスターの身体を台にして高さを稼ぐと、超人的な跳躍力で空中へと飛び上がった。


 ギロリと睨みつけてくるヘミレイア=ベスタトリクスの鼻面を踏みつけてさらに一段と天高く跳び上がる。


 鞘から引き抜かれ大上段に構えた太刀。

 磨き抜かれた剣先が空中で星のように煌めき、空気を孕んだ純白のスカートがユリのように花開く。


「いけえッ!」


 遥か後方で戦いの結末を見守っている騎士たちが、少女の背中を押すように叫ぶ。

 

「いけえぇぇ!!」


 彼女を信じて集った全てハンターが勝利を見届けるべく声を合わせて叫ぶ。


「いっけぇッアリーシャァッッ!!」


 リベリカが全身全霊を捧げて、親友の勝利を祈り、叫ぶ。

 

「これでトドメじゃああああああああ”!!!!!!」


 少女の太刀が垂直下に振り落ちる。

 自由落下を遥かに凌ぐ勢いで叩き落された一筋の太刀。

 稀代の太刀の使い手である彼女の繰り出した斬撃は、閃光を放つような奇跡を描いてヘミレイア=ベスタトリクスの額に突き刺さった。


 確かな手応えを感じ取ったアリーシャが、勝利を確信して拳を天へと突き上げる。


「やったぞおらぁぁぁぁッッッ!!」


 ――この世紀の大狩猟に終止符を打った一撃は、王国を救った全ての狩人の活躍と共に、後の王国で長く語り継がれることとなる。

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